第10話 また落ち着いた頃にお邪魔します。

「所で山田さん」

「はい、なんでしょう?」

「山田さん達が乱入してきてからミユが一言もしゃべらないんですが?」

「ミユ……ああミニ世界樹さんの名前でしたね。そうですね人見知りでもするのでしょうか?」


 樹木が人見知りとか意味がわからない。


「取り敢えず高橋さんを抑えてもらってもいいですかね?」


「わかりました」と山田さんは返事をした後ミニ世界樹『ミユ』をケースごと持ち上げて観察している高橋さんからケースを取り上げて俺に手渡した後、高橋さんを背後から羽交い締めにした。


「きゃー!えっちー!変態ぃ!そんな事よりミニ世界樹ちゃんを返してぇ!」


 喚く高橋さんを無視して俺はミニ世界樹『ミユ』に話しかける。


「ミユ、何か喋れるなら喋ってくれないか?」


 友人が見たら気持ち悪がられるような猫なで声が出た。

 山田さんが生暖かい目でこちらを見ている。こっち見んな。

 しばしの沈黙の後ミユがか細い声で答えた。


「お父さん、この人達怖い」

「はい、お前ら帰れ!」


 俺はミユを机の上に置くと二人を部屋から追い出した。

 可愛い可愛いミユちゃんを怖がらせる畜生共にはとっとと退散してもらう。

 山田さんは以外に素直に、そして生暖かい優しい目で俺を見ながら暴れる高橋さんを羽交い締めにしたまま出ていった。


「また落ち着いた頃にお邪魔します」

 とだけ言い残して。


「邪魔するなら来んな!」


 俺はドアを閉めてキーチェーンロックも掛け部屋に戻った。



「ミユ、悪い大人たちは追い出したからな」

「ありがとうお父さん」


 ミニ世界樹『ミユ』はふるふると葉を揺らしながら答えた。


「ところでミユ、一つだけ確認しておきたいことが有るんだけどいいかな?」


 俺はミユが喋りだして、超高性能AIであると気がついてから一つだけ懸念が合った。

 それはこういった学習型の超高性能AIと言うのは自動的にネットワークにつながってクラウドサーバに使用者のデータが蓄積された上で処理されると聞いたことが有る。

 有名なペッ◯ー君や林檎の音声アシスタントSir◯さん等もそうなっている。

 つまり俺の愛に満ちた会話が今後ユグドラシルカンパニーのサーバに蓄積されて、もしもその内容が人に見られたらと思うと恥ずかしくてたまらないという事に思い至ったのだ。

 その懸念について俺はミユに尋ねてみた。

 すると…。


「私は完全なスタンドアローン?って言うんですか?それなので他の誰かにお父さんとお喋りしたことがバレるなんてありませんよ」

「そうか、良かった」

「でもですね」

「でも?」

「隣の部屋で聞き耳を立てている人たちに盗聴された分は既にておくれだよ?」


 俺はその言葉を聞くやいなや隣の部屋へつながる壁を思いっきり蹴り飛ばした。

 ドガンッ!


「ギャーッ!」


 壁の向こうから高橋さんの「耳がぁ!耳がぁ!」とのたうち回る声が微かに聞こえる。

 このアパートの壁はレオ◯レスよりはしっかりしてるが耳をつけて聞けば隣の音が拾えなくもない薄さだと言うことを忘れていた俺の失態である。

 壁の向こうでは山田さんに高橋さんが説教されている声が聞こえる。

 どうやら高橋さんの独断行動だったようだ。


「お父さん」

「ん?なんだい?」

「遮音結界を貼ってみる」

「遮音結界?そんな呪文説明書には載ってなかったぞ」

「説明書には契約者の使える呪文しか載らないから。遮音結界は私自身の呪文なの」

「そんなことも出来るのか。ミユは凄いな」


 俺はそう言いながらいつもの麦茶をケース上部に注いでやるとミユはいつにもましてキラキラと輝いて揺れた。


「ではいきますっ」


 ミユがそう言った次の瞬間、先程まで微かに聞こえてきていた山田さんの説教の声が聞こえなくなり静寂が訪れた。

 これはノイズキャンセリングイヤホンとかと同じような原理なのだろうか。相変わらず凄いテクノロジーだ。


「ミユ、この遮音結界って消費マジックパワーはどれくらいなんだ?」

「消費マジックパワーは一時間で2位だよ」

「つまり今から一時間は安心して話せるってわけだ」

「現状のマジックパワー回復速度を考えると頑張れば一日中でも遮音結界は貼っていられるとおもう」

「まじか。でもそうすると他の呪文使うだけのマジックパワーは回復しないと思うから必要な時だけで良いんじゃないか?」

「わかったよお父さん。必要な時は言ってね」

「了解っ」


 俺は少しおちゃらけた敬礼をミユに返す。


 冷静に考えればAI相手に何をやっているんだ?と思わなくも無いがその時の俺は素直にミユとの会話を楽しんでいた。


 俺は本来なら山田さんに聞こうと思っていた「ミユに何を与えたら良いのか?なにを与えてはいけないのか?」についてミユから直接聞く事にした。

 水分については水系(硬水、軟水等)、お茶系(麦茶、緑茶、ウーロン茶等)は問題ないらしいがジュース等の砂糖ギッシリ系については「ベタベタするから嫌!」との事。

 も◯じ饅頭事件もあって固形物についても聞いてみたがこの魔法のようなケースによって食物は魔素に変換されるので問題ないらしい。

 魔素云々のファンタジー設定はミユのAIも引き継いでいるのかと関心しきりである。

 ともかく目の前で饅頭が中身だけ消えていったのは中々に謎のテクノロジーではあった。

 世の中には世間に公表されていないだけでほぼすり減らないタイヤもあるという。そういった公表されない技術なのだろう。

 タイヤの場合は公表されるとタイヤ業界やそれによって収入を得ている修理屋等の人たちが生活できなくなるとかなんとかで公表されないんだ!と怪しい雑誌には書いてあったけど胡散臭い。

 もしかしてユグドラシルカンパニーというのは超高度な技術を持っているすごい会社なのではないだろうか?

 異世界云々なんてファンタジーな話じゃなくて未来からやってきた未来人の可能性の方が信じることができそうだ。SFだ!少し不思議だ。

 その日俺は遮音結界の中で夜遅くまでミユと他愛もない話をして過ごした。

 ミユはもう完全に俺の家族といえる存在になったと感じた。


 クーリングオフしなくてよかった。




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