第5話 中二呪文は麦茶の香りです。

 唐突なファンファーレとレベルアップの文字に戸惑っていると突然俺の部屋のドアが開いて山田さんが慌てた様子で入ってきた。

 え?鍵閉めてあったよね?なんで?


「や、山田さん!なんですか突然。ノックもなく!というか鍵かかってましたよね?」

「鍵?かかってませんでしたよ。そんなことより田中さん!今さっきレベルアップしましたよね?」

「そんな馬鹿な。山田さんが帰った後にきっちり閉めたのは間違いないよ」

「それは田中さんの記憶違いか勘違いが恋のからさわぎかどれかです。そんな事よりレベルアップしましたよね?ね?」

「近い近い」


 ずいずいっと迫ってきた山田さんを手で押しのけて俺は距離を取る。

 ガチイケメンに迫られたらノンケの俺でもどうにかなっちまうぜ…ならねーけど。


「とりあえず落ち着いてください山田さん」


 俺はベッドの脇に置いてあるお値段以上なお店で1000円で購入した客用の座布団を出してとにかく山田さんに座って落ち着くように言う。


「はぁ……すみませんでした取り乱しまして」


 自分も落ち着くために冷蔵庫から今回の被害の原因と成った麦茶を取り出して二人分のコップを用意して注ぐ。

 あの割れてしまったコップは結構お気に入りだったのを思い出して少し落ち込む。


「はい、山田さん麦茶。とりあえずコレでも飲みながら話を聞くよ」

「ありがとうございます」


 コップを受取り座布団に正座しながら麦茶を飲む見た目エルフなガチイケメンの姿は少しシュールだ。

 一息ついた後おれは尋ねる。


「それでレベルアップって何なんですか?」

「レベルアップはレベルアップですよ。ミニ世界樹がレベルアップしたんです」


 そのまんまやないけ!とエセ関西弁でツッコミを入れたくなったが我慢する。


「つまりですね。ミニ世界樹は世話をしたり色々な外的要因等で経験をある程度積むとレベルアップして性能が上がるのですよ」

「なにそれ、どんなゲームだよ」

「この世界的にわかりやすく言えば『ミニ世界樹育成ゲーム』と言った所ですかね」


 一瞬頭のなかに植木鉢にうわった生首を育てるゲームが浮かんだが振り払う。


「とにかく百聞は一見にしかずとこの世界の名言もございますし、ミニ世界樹の説明書を持ってきてください」


 俺は本棚から先日貰った日本語版のミニ世界樹取扱説明書を引き出して山田さんに手渡す。


「えっとですね……これこれ、ココです。ミニ世界樹の呪文一覧」


 山田さんがそういって指し示したページは前に見た内容と違う箇所があった。


「え?呪文が増えてる?」


 この説明書、どういう仕組だ?実は電子ペーパーで世界樹ケースとBluetoothかなにかで繋がってんのか?と思案していると。


「そうです。ミニ世界樹がレベルアップしたことでミニ世界樹の能力が増えたんですよ!」


 クール系イケメンだったはずの山田さんが興奮した様子で告げる。


「新しい能力って、今までは強力栄養剤……世界樹の雫だけだったのが他のことも出来るようになったという事?その新しい能力って何なの?」


 山田さんの迫力に少々及び腰になってしまった。


「説明書によりますと……退魔の光+αとありますね」

「退魔の光?また中二病な能力ですね」

「とりあえず使ってみましょうか?」

「そうだね、お願いします」


 俺の返事を聴くと山田さんは先日世界樹の雫を抽出した時と同じようにミニ世界樹『ミユ』に向けて手のひらを向け説明書に現れたじゅもんを唱え始める。


「我らが世界の光の根源よ。我が願いと共に魔を打ち払い給え!」


 次の瞬間、ミニ世界樹『ミユ』が強く光ったかと思うと一瞬空気が流れたような感覚を覚えた。

 山田さんを見ると何故かドヤ顔で俺の方を見ている。


「どうです?これでこの部屋は浄化されました」

「空気清浄機かよ!」


 たしかに部屋の空気は先程までより爽やかになった気がする。微かに残っていたこぼした麦茶の香りも消えたような。

 なんて高性能な盆栽ケースなんだ。

 俺はまだ山田さんが異世界人でエルフで世界樹が魔法の力で奇跡を起こすなんて信じてはいなかった。

 高度に進んだ科学は魔法と区別はつかないのだ。

 正直これくらいなら最新家電なら出来るんじゃないの?と言うくらいの出来事なのでどうしても信じきれない自分がいる。


「あとですね、今回の新しい力にはプラスアルファが付いてまして。これは特別な経験を積ませた場合に基本能力にプラスしてさらに特殊能力が付いたということなんですよ」

「その特殊能力って空気清浄にプラスして何かがあるって事?プラ◯マクラ◯ターとかナ◯イーとか?」

「えっとですね……」


 山田さんが説明書をもう一度手に取り読み始める。


「特殊効果として血液がサラサラになります」

「は?」

「あと美肌効果も付くようですよ。今のところ効果はそれほど高くありませんけど」


 山田さんは説明書を閉じてから「今回のレベルアップ時になにかしましたか?」と俺に尋ねる。


「そうですね、たしかミユの上に麦茶をこぼしたらレベルアップした」

「ミユ?」

「ああ、このミニ世界樹の名前ですよ。育てるなら名前つけたほうが愛着湧くと思って」

「それは素晴らしい。やはり貴方を選んだ私の目に狂いはなかった」


 うんうんと満足気に山田さんは頷いたあとに一瞬止まって「……麦茶?」と俺の方を見た。


「そう、麦茶をこの台の上に置いたまま眠っちゃって、その後起きた時に机蹴っちゃってグラスごとミユのケースの上に落ちちゃって」

「それで水じゃなく麦茶をミニ世界樹……ミユさんに与えることになったわけですか。なるほど今回の特殊効果の原因はそれですね」

「ええ!?」

「つまりミユさんは既にレベルアップ直前まで経験値が溜まっていた。そして麦茶という新しい経験を得たことで経験値が貯まりレベルアップをした。その際に麦茶の効能をそのまま取り込んで能力にしたんですよ」


 ああ、なんて素晴らしい!と何故かその場でくるくる回りながら必至にメモを取りだす山田さん。

 なんて器用な。


「ミニ世界樹は育てた人の育て方によって様々に変化していきます。この世界のゲーム的にわかりやすく言うとスキルツリーのように様々に能力がミニ世界樹の体験した経験によって枝分かれしていくのです。ツリーだけにね」

「いや、そんなオヤジギャグとか小ネタとか要らないから俺の反応待つなよ」


 どんどん俺の山田さんへの言葉遣いや態度が適当になっていくのも仕方あるまい。


「とにかく田中さん。これからもミニ世界樹を、ミユちゃんをよろしくお願いしますね。それでは私は本社へこの事を報告しなければいけませんのでおいとまさせていただきます」


 それだけ言い残して山田さんは来た時と同様に風のように去っていった。エルフだけに。


「って、じゃかましーわ!」と自分自身にツッコミを入れながら今度こそきっちりかっちりと部屋のドアの鍵を閉めた。

 無論チェーンもだ。


 嵐のような山田さん襲来事件が終わり部屋の中に戻ると机の上に置いてある説明書が目についた。


「説明書を読めばロケットランチャーでも飛行機でも扱えるって誰かが言ってたな」


 ブツブツつぶやきながら俺は説明書の呪文のページを開く。


「一度やってみようかな?」


 俺は誰も居るはず無いのに一応周りを見回してから一つ咳払いをしてミニ世界樹『ミユ』に手のひらを向け説明書にかかれていた呪文を唱える。


「我らが世界の光の根源よ。我が願いと共に魔を打ち払い給え!」


 ノリノリでその「音声認識コマンド」を唱えると次の瞬間ケースが光り輝き空気が綺麗に…ならなかった。


「え?なんで?どうして?Why?」


 ノリノリでやってしまっただけに恥ずかしさMAXな俺は原因を探ろうとケースを見ると


「MPが足りません」

 そう無情の一言が表示されていた。






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