第6話 株主総会です。

 ノリノリで呪文を詠唱しその結果が「MPが足りません」だった翌日、俺はいつものように水をミニ世界樹『ミユ』に与えて窓際に移動させていた。


 あの後、誰も見ていないというのに恥ずかしさで真っ赤になりながらミニ世界樹取扱説明書の「マジックパワーの回復方法」を熟読した。


「えっと、MP=マジックパワーは時間とともに回復します…と。マジックパワーということはド◯クエ基準なのか。いや、そんなことはどうでもいい続き続き」


 俺は視線を説明書に戻す。


「基本は適度な水やりと光合成により回復速度が上がります。レベルアップによっても回復速度が上がります。自ら魔力を生み出す他にも空間中の魔力を吸収する事でMPを回復させるので魔力が多い土地と少ない土地では回復量が変わります」


 ふむふむ、なるほどなるほど。


「ちなみにこちらの世界の魔力はあちらの世界に比べると空間魔力(魔素)はかなり微量ですので正直その部分は説明書から削除するかどうかで議論が有りました」

「なるほどね。じゃあ基本は水やりと光合成ってことか…って、おい!山田さん何故ここに居るの!?」


 いつの間にかとなりの山田さんが文字通り俺の隣に居た。

 しかも初日に見たパーフェクトジャパニーズビジネスマンな装いである。


「ドアが空いてましたので覗いてみたら田中さんが一生懸命説明書をお読みになってらっしゃるのが見えまして。何かお役に立てるのではないかと」


 ニコニコと笑顔で応える山田さん。

 しまった。そういえば今朝ゴミ出しついでに換気も兼ねてドア開けっ放しにしてたんだった。

 今日は爽やかな風が部屋を通り抜けて気持ちよかったからついそのままにして忘れてた。


「それで田中さんは何故マジックパワーの回復方法を調べていらっしゃるのですか?」

「い、いや別にマジックパワーの回復方法を調べてたわけじゃなくて説明書全般をもう一度読み直そうと思って」

「そうですか?何かわからない事でもありましたらお答えしますよ?」

 いぶかしげながらも優しく言う山田さん。

「じゃあこのマジックパワーなんだけど。MP切れになったらどうなるの?」

「魔法やスキルが使えなくなります。なったんですか?」

「例えばの話です!」

「あ、因みにミニ世界樹の残りMPの調べ方なのですがそのケースの裏側にあるボタンを1秒長押しで見ることが出来ますよ」

「まじか?知らなかった」

「説明書の最初の方に書いてあったはずなのですが、本当に読み直していたんですか?」

「……み、見逃してたんだよきっと」

「他にもミニ世界樹に直接尋ねる事でもMPは確認できますよ」


 そう言うと山田さんは窓際のミニ世界樹『ミユ』の側に寄って行き「残りマジックパワーを教えてください」と問いかけた。

 すると次の瞬間、昨日MP切れやレベルアップ表記が出たケース下部の表示部に「MP 9」と表示され、数秒すると自動的に消えた。


「現在のMPは9ですか。では次は……『現在の最大マジックパワーを教えてください』」


 今度は表示部に「最大MP 20」と表示される。


「つまり現在は最大MP20の内9まで回復しているということです」

「まだ半分も回復してないのか。結構時間かかるね」

「そうですね、この世界は空気中の魔力が少なすぎるので仕方がありません。貴重なマジックパワーを無駄遣いしないように考えないといけませんね」


 山田さんはそう言いながら昨日と同様メモを取りだす。


「熱心だね山田さんは」


 ここまで私生活でも会社の設定を守っているなんて社畜ってレベルじゃねーぞ。

 俺は生暖かい目で必至にメモを取る山田さんを眺める。自分にできる最大級の慈愛の心を込めて。


「マジックパワーの節約といえば各種スキルや呪文の消費マジックパワーはご存知ですよね?」


 メモを取る手を止めて山田さんがこちらを見る。俺の慈愛の瞳と目があってしまった。


「ご存知ませんけれども?」


 思わず変な言葉遣いで返してしまった。


「呪文のページがありますよね?あの呪文の後ろに書いてある数字が消費マジックパワーですよ。解りづらかったですかね?ここも要改善っと…」


 山田さんがまたメモ魔になっているのを横目に俺は呪文のページを開く。


「世界樹の雫の消費マジックパワーは……5か。結構少ないな。じゃあ退魔の光は何MPかなっと……20!?MAX状態じゃないと使えないってこと?そりゃ『MPがたりません』になるわけだ」


 使えねぇ空気清浄装置だな。

 俺がそんな事を考えていると徐ろに山田さんがメモを仕舞いつつ「そろそろ時間なのでお暇しますね」と立ち上がる。


「今から会社ですか?」

「ええ、今日から三日間程度本社に出向なんですよ」

「本社って何処に有るんです?」

「もちろんユグドラシルカンパニー本社は異世界のエルフの森の中にあるに決まってるじゃないですか」

「え?それって都道府県で言うとどこ?」

「デルナテラ大陸の北東部にある大森林の奥に有るんですけどそれ以上は秘密です」

「はぁ…」


 そういえば説明書にも株式会社ユグドラシルカンパニージャパンという支店しか記載がなかった事を手に持った説明書の裏を見て気がつく。


「とにかく今日本社に出社してから二日後の株主総会で発表する成果を纏めないといけないんですよ」

「株主総会?」

「ええ、株主総会です。こちらの言葉で言うならそれが一番適切でしょうね。実際は私達の世界における今回のミニ世界樹プロジェクトに関わる報告会みたいなものです。各国、各種族からの代表も集まるのでそれなりに盛大なものでは有るのですが今から胃が痛いですよ」


 山田さんは苦笑を浮かべた後「お土産買ってきますね」と言ってから爽やかスマイルに戻って部屋を出ていった。

 本当に設定を守るのって大変だろうなという思いしか浮かばないまま俺は見送った。



 その夜、マジックパワーが満タンに回復したのを確認したあと退魔の光の呪文を唱え見事に室内空気清浄と微妙な肩こり解消気分を味わったのは言うまでもない。

 ついでに呪文もマジックパワー消費もなく自動でもゆっくり溜まる世界樹の雫も飲んでみたがレベルアップのおかげか前回より効き目がアップしている気がした。

 ただ世界樹の雫は寝る前に飲んではいけない。

 何故なら夜中中目が冴えて眠れなくなってしまったからだ。

 お陰で休み明けの授業は出席だけゲットしに行ったようなものだったのは言うまでもない。


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 ミニ世界樹『ミユ』に麦茶を与えたら何だか美容効果と健康効果が付与された。と言うことは他の飲み物をあたえたらもっと違う変化が起きるのではないか?

 そんな考えが授業中に頭に浮かんだ。

 しかし何を与えればよいのか。

 ジュースみたいな糖分マシマシの飲み物はまず植物に良いとは思えないし最悪アリが集ってきそうで却下。

 カレーは飲み物(断言)ではあるが流石に試す勇気はない。

 無糖の乳酸菌飲料とか言う商品も有ったはずだけど近所のスーパーで探したが見つからず。流石に密林さんでケース買いする勇気も金も無し。

 結局は毎日水と麦茶を交互に与える日々が続いた。


 そして今日も俺はミニ世界樹『ミユ』に麦茶を与えた後窓際に移動させる。

 麦茶を与えた時は水の時とはまた違ってかすかに金色に葉が光を反射させるのが綺麗なのだ。


「そういや今日あたり山田さんが帰ってくるんじゃないかな。帰ってきたら与えて良いものと悪いものを聞いてみるかな」


 俺は山田さんが隣の部屋に引っ越してきて初めて彼を待ち焦がれたのだった。


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