15 ラルフ・オルキッド
「よう、久しぶりだな、『打ち手』に『刻み手』。至尊の
それは一人の男というよりも、山塊の如き威容であった。
その腕、その脚、その胴に首。男を形作るすべてがまるで鋼。近くにいるだけで、敵対しているわけでも無いのに威圧感が突き刺さって来る。
まるで腹をすかせた肉食獣、いや今にも転がりそうな巨岩の傍らにいるような。
自分たちの命など、この男の気まぐれ、それどころか風が吹いた程度でもすぐに潰されるようなものだという事が、本能でわかる。
「知らせを受けて駆け付けた。打ちあがったようだな」
「もちろんだ王よ。だがその前に」
「刃の頂点。貴方へ客が来ている」
「あん?客だ?」
『刻み手』に示されて、ラルフ・オルキッドがアベルたち三人の方へ首を回した。
「……お初にお目にかかります、剣王ラルフ・オルキッド。頂上の剣よ。私はドラウステニアの剣ハリー・ガーディニアの娘、クレア・ガーディニアと申します。」
「……ほう」
貴族として、そして武人としてクレアがラルフ・オルキッドへと向き合い、最敬礼で迎えた。
その様子に、はじめはいかにも不機嫌そうに見えた剣王も、少しばかり感心したように目を見開き、そして懐かしい家名を聞くと口の端で少しだけ微笑んだ。
「そう固くなる必要はねえ、クレア・ガーディニア。ガーディニアの家、特にお前の爺さんには世話になった。……それにお前のことはもハリーの小僧に聞いてるぜ。なかなかの遣い手だそうじゃねえか」
「……っはい!ありがとうございます!」
緊張から解放され、さらには父からの賞賛を剣王の口からきいたクレアの表情が、隠しきれない喜色に染まる。ラルフもその様子に昔馴染みに会ったかのようなどこか柔らかい表情だ。
「あっ……し、失礼しました!そしてこちらはシルフィ・ランドック。幼く見えますがドラウステニアより杖を預かる魔導士です」
「シ、シルフィ・ランドックです……よ、よろしく、お願いします……」
先ほどから毛を逆立たせて震えていたシルフィが、不意にクレアから紹介されて声を裏返しながらなんとか口を開く。
「おう、よろしくなネコの嬢ちゃん。……別にとって食いやしねえからそう身構えんな」
苦笑いするラルフと、その声を聴いてますます小さくなるシルフィ。
――どうやら巷の噂と違い、常識的な人物のようだ。
そんなことを考えながら、クレアはラルフとシルフィのやり取りをどこか安心したように見つめた。この調子であれば、突然のこちらの話にも耳を傾けてくれるだろうと、本題につなげるために口を開く。
「剣王。実は御身の元へ参りましたのは、彼の話を聞いていただくためなのです」
そう言ってアベルを示し、興味深げな顔のラルフ・オルキッドとアベルが向き合ったその時。
「……っ」
いつものように名乗ろうとしたアベルが、ラルフの顔を見たままピクリとも動かない。いや、動けないようだ。
そしてラルフもまた、アベルの顔をじろじろと覗き込んで、口を開かない。
――なんだ、この人はどこかで……っ!
強烈な既視感、そして頭を揺さぶられるような感覚に、冷汗が止まらない。何か縛り付けられるような……!
様子のおかしいアベルに、クレアとシルフィが心配そうな顔を向ける。
それを横目にとらえつつも、アベルはピクリとも動けなくなってしまう。
間違いなく、自分の失われた過去にかかわるであろう人物だという確信。それがアベルを縛り付けている。そんな中。
「痛っつつ……。急に蹴らんといてくださいよ!痛ったいなあもう!」
その静寂を破ったのは、ホコリまみれで出てきたリュウマだった。
部屋の隅、吹き飛んだ先に積んであったガラクタの山から這い出してきて、服を払いながら文句を言うリュウマ。
だがその口調はもちろん怒っているにもかかわらず、どこか諦観がにじみ出ており、普段の苦労が偲ばれる。
「おいボケ弟子ィ!」
「はっ、はい!?」
すると剣王はアベルから視線を外すと、のそのそと近づいてきたリュウマを振り返り声を上げた。
謝られるならまだしも、詰問されるような突然のラルフの大声に、リュウマの背筋が驚きで一気に伸び、どこか怯えたように口元を震わせる。
そしてラルフはアベルに背を向けて、リュウマの方にずんずんと詰め寄り、その胸倉をつかみ上げると。
「俺がてめえに出してやった課題はなんだ!?」
「……は?課題……?あ、
ドゴォン!
そう言った瞬間、リュウマの顔面に剣王の鉄拳が飛んで、またもや部屋の奥に吹き飛んだ。
「てめえ俺に嘘つきやがったな、『パレスのガキ』ここにいるじゃねえか!」
大音声で怒鳴りながら、ラルフがアベルを指さした。
突然の事態に騒然となる室内。そして目を回しているリュウマには恐らく聞こえていないだろうが、その言葉に驚いたのはアベルたち三人だ。
「お、俺の事を知ってるんですか!?」
突然のラルフの剣幕を目にして、呪縛が解けたようにアベルが思わず口を開いた。すると剣王は一瞬だけ驚いたような顔を浮かべた後、すぐに先ほどと同じ怒りの表情に変わって。
「……ってめえ、久しぶりに会う師匠に向かってその言い草はなんだ!」
「……え?」
その言葉の意味を理解するよりも早く。アベルの顔にもまた剣王の鉄拳が飛び、リュウマとは反対側に吹き飛ぶ。
「「……え?」」
部屋の両端で同じように目を回すアベルとリュウマ、その間に立つ剣王ラルフ・オルキッド。そして時間が停止したように固まるクレアとシルフィ。
収拾のつかない事態を見て、
***
「記憶喪失、ねえ」
吹き飛んで気絶したアベルに代わり、クレアに事情を聴いたラルフがつぶやく。
その後ろには仲良く目を回したままアベルとリュウマが並べられている。
「はい。そのため彼は自分の過去……その記憶を知るために、唯一の手掛かりである
クレアの説明を一緒に聞いた『打ち手』と『刻み手』の二人はどこか納得したようにうなずき、ラルフはどこか不満げな表情を浮かべた。
ちなみにシルフィは未だにおびえた様子でクレアの後ろに隠れている。
「ま、事情はなんとなく分かった。そのうえで、だ」
ラルフがそう言いながら立ち上がると、転がった二人の方を振り返り。
「てめえらいつまで寝てやがんだ!さっさと起きろ!」
「「ぎゃあっ!」」
大音声で一喝した直後、そのまま勢いよく二人の頭を蹴り上げた。
とんでもなく乱暴に蘇生された二人が、まったく同じ悲鳴を上げて、まったく同じ姿勢で頭を押さえてうずくまるのを一瞥する事すらせず、そのまま戸を開けて外へ出ていくラルフ。
「痛ってえ……。あ、ちょっと!」
「ついてこい」
先ほどのやり取りを思い出し、慌てて呼びかけるアベルにラルフはそれだけ言うと。
「ガキ。久しぶりに稽古つけてやる。……合格できりゃあ、てめえが知りたい事、全部とはいかねえが俺が知ってる分なら教えてやるよ」
挑発するように、アベルに向かって言い放った。
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