14 鍛える者 振るう者
「荷物を置いてくつろいでくれ」
「腰に下げたものも外すといい」
家の中へ招かれ、というか引き摺り込まれたアベルたちは、引き込んだ張本人達を前に座っていた。
といっても家具はすべてアベルたちから見れば子ども用みたいな大きさなので、シルフィ以外の二人はそこらに置いてある箱に腰掛けていたが。
「自己紹介がまだだな。俺は『打ち手』。鍛冶師だ」
「まだ名乗って無かった。私は『刻み手』。彫金師」
「にゃあ。あなたたちが
ひと息つく間もなく話し始める二人に対して、先ほどまで興味深そうに眺めていたシルフィがおもむろに口を開いた。
「その通りだ獣を宿す娘。そしてそこの男。俺達はお前達よりはるかに長い時を生きている。子どもではないぞ」
「私達は人が長命種と呼ぶ種族の一つ。土となる時までこの見た目は変わらない。そこの獣を宿す娘ならわかる」
アベルとクレアがその言葉に驚いたように二人を、そしてシルフィを見た。
「たしかに。私より幼く見えるのに、老木に宿る精霊みたいな気配……。百年以上生きてる?」
「うむ。俺達は元より精霊に近しいゆえに」
「うん。私達は例えれば半精霊の様なもの」
もはやポカンと開いた口が塞がらないアベルとクレア。
王都にも他種族は数多くいるが、それでも彼ら
「それで、お前達は何者か?」
「私達は名乗った。君達は?」
しかしあくまでもラルフ・オルキッドに用があることだけを話し、その目的までは伝えなかったが、
「なるほど、目的はかの覇王か。まあとりあえず剣など置いてくつろぐといい」
「刃の頂点なら縁が繋がればすぐに会える。荷物を預かるからほらここへ頂戴」
二人は出会った時からずっとアベルの腰の二振りに釘付けになっている。
「……あ、あの。……そうだ、あなたたちがあのラルフ・オルキッドの剣を鍛えていると言うのは本当なの?」
「本当だ、剣を持つ娘。もう既に剣は鍛え上げた。故に後は王を待つばかり」
「夫が鋼を打ち、私が拵えを。良い剣を鍛え上げた。既に王には報せている」
――夫婦だったのかこの二人!……というか、さっきから。
クレアの問いに答える間も、目線はアベルの剣から離れない。
「……にゃあ。アベルの剣が、気になる?」
「……っ!流石だ、獣を宿す娘。優れた眼を持っている様だな」
「獣を宿す娘、あなたはきっと良い精霊魔術師となるでしょう」
――いやいやいや、それは僕でもわかったぞ流石に。
一転して呆れ顔のアベルたちとは対照的に、驚嘆した顔でシルフィを見る二人の黒小人。
そして二人揃って咳払いを一つすると、アベルに向き直った。
「ならば縁を持つ少年よ。その二振りを見せて欲しい」
「これを研ぐ必要はないけれど、焼き直しは必要かも」
ーーん?
「研ぐ必要はないって……この剣を知ってるんですか!?」
驚いてアベルが立ち上がる。
切ることを想定していないかのごとき、この白銀の長剣と漆黒の短剣。
ドラウステニア王ギズワルドによれば、アベルはこの二振りを持って発見されたのだ。畢竟、この剣は彼の過去の手がかりと言える。驚くのも無理はない。
だが、そんなアベルを気にも溜めず、二人の
「知っているも何もその二振り、白の長剣『
「黒の短剣『
「……は?」
今度こそ時間が止まったかのように固まるアベル。
驚いて思わず顔を見合わせているクレアとシルフィ。
そしてそんな状態のアベルを放置して、ごそごそとアベルの腰から剣を持っていく二人。
「それでは」
「拝見する」
「あっ、ちょっと!」
我に帰ったアベルの目の前で剣が鞘から抜かれ、白銀と漆黒、二色の威容があらわになった。
「にゃあ……」
「綺麗……」
初めてその刀身をじっくりと見たクレアとシルフィが息を飲んだ。
魔鉱としての需要から魔具などに使われることがほとんどだが、本来この二鉱は調度品に用いれば超高級品として扱われるほどの美しさだ。
一点の曇りもない白銀の刀身と、見るものを飲み込むような漆黒の刀身。
切るためでない分厚い刃とその美しさが相まって、まるでなにかの儀式剣かのようだ。
「ふむ。刀身にこぼれはない……、というかあまり振るっていないな。『
二振りの刀身をじっくりと見て『打ち手』がため息をついた。そして今度は『刻み手』へとそれを渡す。
すると『刻み手』は受け取った剣を抜き身のまま卓上に置き、そっとその刀身に指を這わせた。その瞬間。
「にゃあ、これは……!」
「原初文字……!?」
刀身を『刻み手』の指がなぞると、強い魔力光を帯びて文字が浮かび上がった。
原初文字。魔導士たちが魔術の行使に用いる24文字。それぞれが火・水・風・土の基本四種元素の様々な形態を表す、4種6通りの文字群。
それが『
『刻み手』によって浮き上がった文字たちは刀身を飾りたて、武器ではなくまるで芸術品のように配置されている。
「……こちらも同じ。魔力伝導率も落ちてないし、変に混ざりものも無い。焼き付けた原初文字はブレてないけど薄まってる。……使ってない」
そう言って『刻み手』がため息をついて、剣をアベルへと返した。
「え?え?なんか急にいろんな情報出てきてどうすればいいかわからないんだけど」
「えーっと、つまり、大事な事は」
アベルとクレアがなぜかあたふたして顔を見合わせる。するとシルフィがおもむろにアベルを指さすと。
「にゃあ、とりあえず。二人ともこの人の事、知ってる?」
「いや知らん」
「見た事ない」
過去の自分の事を知っている相手に会えたかと思ったアベルが、それを聞いて一気に肩を落とした。
***
「そうか、記憶の欠落か。しかし俺は請われて鋼を打ち」
「私は文字を刻んだだけ。誰が振るうかは聞いていない」
二人の
「そんなことより、まずやるべきことがあるだろう。縁を持つ少年」
「どのような縁か。その剣を持つならば、鍛え直してもらわないと」
「え?」
「剣などというものは、本来使わなければそれにこしたことはないとはいえどもだ」
「私達の剣とつながる縁。それを腰にするのならば、君にも応えてもらわなければ」
ポカンとするアベルに対し、にやりと二人の
「それを依頼してきたのは、かの先代ドラウステニア王」
「その目的は一つ。剣の頂を超え、その先へと至るため」
そこで言葉を切った途端。ノックの音が工房の中に響き渡った。
「ならば鍛えるのは、かの者をおいて他ならない」
「きっと尋ね人は、剣の縁がつないでくれるはず」
そして二人の
「……おや、やっぱりまた会うたなあ」
「……リュウマさん!?」
大太刀を背負い、笑みを浮かべたリュウマ・クニオカがそこに立っていた。
――この人が、僕の記憶の糸口に……!?
確かにただ者ではないことは明らかだった。そしてアベル自身、何か気になるような、因縁を感じる人物。
「この人が、この剣と……!?」
アベルがそう言って黒小人を見ると。
「誰だ」
「違う」
今度こそ空気が凍り付いた。
何か含むような表情で登場したリュウマの顔も引き攣っている。
どうしようもない空気が室内に蔓延した、その、次の瞬間。
「……入り口で止まるな、さっさと入れ」
「ぐぎゃぶッ?!」
「リュウマさん!?」
突然リュウマが何かに吹き飛ばされ、部屋の奥へと吹き飛んでいく。その後ろには彼を蹴り飛ばしたであろう、一人の偉丈夫。
「あん、今日はずいぶんと賑やかじゃねえか」
ラルフ・オルキッド。刃の頂点がそこに立っていた。
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