13 山中の刀匠
「信じらんない!いつまでも起きてこないから心配したのに!」
「いや、でもしょうがないんだって」
真っ赤な顔で怒鳴るクレアをアベルがなだめ、その後ろをシルフィがついて歩く。
「にゃあ。私はか弱い女の子、つよい騎士様と違って一人では眠れない夜もある」
そう言ってどこか勝ち誇った表情を浮かべた少女の顔を見て、クレアがさらに激昂していく。
「はあ!?私だってか弱い女の子なんだけど!」
「甲毛熊に手傷を負わせる女をか弱いとは言わない」
「……まあそれは確かに」
「あ、あんたまで……!」
「い、いやいや、もちろんクレアだってちゃんと女の子だよ、当たり前じゃないか!……ただちょっと、王剣隊でも上から数えた方が圧倒的に早いだけで」
わなわなと震えるクレアの手がゆっくりと腰の剣帯へとのびていくのを見て、さすがにまずいと思ったのか。アベルが微妙なフォローを入れるが、
「私も!か弱い!女の子なの!鍛えてても!か弱いの!わかる!?」
なぜかさらに激昂し、ほとんど泣きながらアベルに詰め寄るクレア。
「わ、わかったわかった!クレアもか弱い女の子だもんね、ね!」
「……じ、じゃあ私が一緒に寝てって言ったら寝てくれる?」
「……え、それは……」
「なんでよ!」
アベルの胸元を掴み上げて涙目になるクレアに、慌てふためくアベル、そしてその様子を得意げに見るシルフィだったが。
「い、いや、クレアと同じベッドっていうのはだめでしょ……。さすがに色々と……ほ、ほら、シルは年の離れた妹みたいなもんだからさ」
「……ん?」
「い、もうっ……と!?」
顔を真っ赤にしてクレアから目をそらしたアベルのその言葉を聞いた瞬間、クレアの表情が変わり、シルフィの表情が凍り付いた。
「……じゃ、じゃあ私は?ネコ娘が妹みたいだって許されるなら、私はなんでダメなの?」
「え?えーっとクレアは……なんていうか、もう女の子っていうより女性、っていうかなんていうか……。さ、さすがにまずいと思うんだ!」
「……ふ、ふーん?」
慌てた様子のアベルをみて、まんざらでもないクレア。そして例によってシルフィの瞳孔が開いた。
そしてぎこちない態度になるアベルの胸元から、クレアがゆっくりと手を離す。下を向いて表情はわからないが、その肩が細かく震えている。
「く、クレア?」
様子のおかしくなったクレアの肩に、アベルがそっと手を伸ばそうとした、瞬間。
「アッハハハ!妹ね、妹。そういう事ならしょうがないわ。ねえネコ娘、今度から眠れない夜は私を頼ってくれてもいいのよ?ほら『お義姉様』って言ってみなさい?」
「……表に出て。泥棒ネコにはここで退場してもらう」
「上等じゃないの。泣いても知らないわよ」
「ほら!着いたぞ二人とも!あとここもう表だから!」
互いにバチバチと火花を散らしあう二人に頭を抱えて、アベルが思わず叫んだ。
***
それは村から出て、少し離れたところにぽつんと立つ、かなり古びた小さな、しかし丈夫そうな家だった。
家の前には大量の薪、そして炭。
村長の地図によればここが黒小人の家のはずだ。
「つ、着いちゃったわね。……どうしましょう、入ったらいきなり剣王がいたら」
「そしたらそれが一番だよ。むしろ怖いのはラルフ・オルキッドがもう新しい剣を引き取った後だ。振出しにもどる、というか振出しから手詰まりになるんだから」
「そ、そうよね。よ、よーし」
いつになく緊張した面持ちのクレアが頬を軽くたたいて気合を入れる。その様子をみてアベル自身の緊張もいや増してくるが、それを振り払うように扉をノック、しばらく待つときしんだ音を立てて扉が開かれた。が。
「……あれ?誰もいない?」
物であふれた家の中には、さまざまな槌にやっとこ、鉄床などが見える。しかし扉を開けたはずの住人がいない。
風で開いたのかと思うアベルだったが。
「……アベル。下」
「え?……うわ!」
後ろのシルフィからかけられた声で下を向くと、アベルのすぐ前に二人の子どもが立っていた。どちらも十歳くらいだろうか、男の子と女の子、2人とも同じ浅黒い肌に簡素な普段着姿だ。
「客人だな」
「お客さん」
二人の子どもが同時に口を開く。身長でいったらシルフィよりも低い。背の高いアベルのすぐ前にいたものだから気づかなかったようだ。
――留守番の子どもたちか?
「あ、あの。ここに鍛冶師がいると聞いてきたんだけど、お父さんかお母さんは?」
「我らが鍛冶師だ」
「鍛冶師はここ」
アベルの疑問に、またしても同時にあっけらかんと返す二人に、アベルたち三人は目を見張った。だってどう見ても年の近い小さな兄妹にしか見えない!
「なんだ仕事の依頼か?」
「なにが欲しい?」
「い、いえそういうわけでは。少しお話させてもらいたいことがあって……」
「話とは?」
「なに?」
同時に話す二人の子どもに気おされ気味のアベル。クレアもこの事態に同じような有様で、もう一人、シルフィはなぜかその後ろから興味深そうにじっと二人を見つめている。
「……あの、こちらにラルフ……ッ!?」
アベルがそこまで言ったとたん、急に子ども二人が腰に差したアベルの剣にぐっと顔を近づけてきた。
一瞬ラルフ・オルキッドの名前を出しかけたことで何か問題があったのかと思ったアベルだったが、そういうことは特にないらしく。二人の子どもはじっとアベルの腰、白銀の長剣と漆黒の短剣から目を離さない。
暫しそうしていた後、急に顔を上げるなり頷きあうと。
「立ち話もなんだ、まあ入れ」
「外は寒い。話なら中で聞く」
有無を言わせない雰囲気で、アベルを家の中へ引っ張っていく。
急な展開と、子どもたちの見た目にそぐわない強い力で引きずられていくアベルを、二人の少女が慌てて追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます