8 旅路
ラルフ・オルキッド。剣王、竜殺し、刃の頂点。
人々が口にする彼の通称はそれこそ数限りなくあるが、それが示すのは結局同じもの。
すなわち「最強の剣士」。
むろん、それは剣を使う者達だけの狭い世界の話ではない。
人間、長命種、獣人、果ては竜を含めた、存在するどの生命と戦っても勝てる剣士、という意味での最強だ。
正真正銘の伝説。傭兵であった若かりし頃は敵軍を一人で相手取り、人間相手では何人集まろうが意味がないとわかってからは、竜種や亜神など、神話の世界の住人に挑み、そして勝利してきた、まさしく最強の個。
「そういうとんでもない人間の……ほんとに人間かしら?たぶん人間……、だと思うけど、そんな人にあんた会いに行こうとしてるのよ?わかってる?」
クレアが肩をすくめてアベルに言った。
対するアベルはそれを聞いてもいまいちピンとこないようで。
「……そんなに?シルも知ってた?」
「にゃあ、当たり前。というか、ラルフ・オルキッドの名前を知らない方がちょっとおかしい」
馬に揺られながら、シルフィも少しあきれたように言う。
「王都に引きこもってるからそうなるのよ。……そりゃ王様も世界を見てこいなんて言うわけね」
「大丈夫。引きこもってたってアベルはアベル。」
「ありがとう。シルは優しいね」
「このネコ娘……」
半眼になってにらむクレアと、そっぽを向くシルフィ。間に挟まれるアベルは何か思い出せないかどうか、考え込んでいる様子だ。
「でもやっぱり、名前を聞いてもまったく聞き覚えがない。実際、そんなすごい人が俺なんかと何か関係があるとは思えないけど……」
そうつぶやくアベルを、今度は二人の少女がそろってあきれたように見た。
アベルと対照的に、この二人は少し納得していたのだ。この青年の謎には、そのくらいの人物がかかわっていても不思議ではないと。
「……で、刃の頂点ラルフ・オルキッドに会うために、私たちはこれからどこへ行こうっていうわけ?」
そしてクレアの問いに、アベルは眼前にそびえる北の山脈を見つめ、決意するように言った。
「雪の村ゴラティエ。僕たちはまずそこを目指す」
王都の真北にそびえる天嶮・雹風山。その麓にパレス跡地。
そしてゴラティエは王都から見て北北西、雹風山を西にかすめた先にある、雪原の中で肩を寄せ合って暮らす小さな村だ。
「ゴラティエ?なんで?」
シルフィが首を傾げる。確かにゴラティエはこれと言って特徴も無い、小さな小さな村。伝説の剣士がいる場所としては、少し不似合いだ。
「剣だよ」
「剣?」
「ゴラティエに隠れ住んでいる
そう、今回アベルにこの旅の話が来たのも、偶然ラルフ・オルキッドの動向がつかめたのが大きな理由の一つ。
一国を落とすこともできる個人だ。仮にその武力を目的に彼に接触しようとする者がいれば、他のすべての勢力に目を付けられる。
さらにむやみに監視などつけて彼の機嫌を損ねたりすれば、目も当てられない。
その結果、その名声とは対照的にラルフ・オルキッドの動向は謎に包まれていた。
「なるほどね……。でもラルフ・オルキッドが剣を鍛えるって。王都の真ん中に亜竜の巣ができたっていう方が、まだ吉報だわ……」
いきなりとんでもないことに巻き込まれようとしてるのねと、どこか納得したように、そしてあきらめたような表情でクレアが頭を抱えた。
「だから、本当に危険な旅になるって。……二人とも、本当に危なくなったときは」
そんなクレアの様子に、アベルの表情に一抹の不安が走る。
危険だという予感はもちろんあった。だが、こうしてそのことの大きさが具体的になってくると、いくら信頼している者とはいえ、彼女たちを巻き込んでしまった自分の選択はやはり間違っていたのではないかと。
しかし、彼女たちは。
「「(にゃあ)最後までついていくに決まってる(じゃない)」」
「……ありがとう、二人とも」
アベルの目をまっすぐに見て、口をそろえてそう言ってくれる二人の少女に、アベルは心からの感謝と、笑みを浮かべる。
記憶を持たない彼には、自分に対する確信が持てない。
唯一持っている力も、得るための積み重ねの記憶がない彼とっては砂上の楼閣に思える。
だからこそ自分を認めてくれる存在、王やリーゼ、そしてこの少女たちのような存在が誰よりも、それこそ自分以上にアベルを確固たる存在にしてくれる。
だから。
――この先どんな危険があっても、二人だけは守る。
それこそが最低限の責任。自分なんかについてきてくれた少女たちへの。
この旅の先、自分に何があっても。記憶を手にしてどう自分が変わっても、それだけは。
決意を胸に、アベルは腰の二振りに手を置いて目的地の方を見つめた。
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