7 剣の先へ
約束の日、城門前。
まだ夜の明け切らない暗がりの中、人々が起き出す少し前の静かな時間。
「……なんでこのネコ娘がいるのよ!?」
「にゃあ。朝からうるさい」
静寂の帳を裂くように、クレア・ガーディニアの声が響いた。
わなわなと震えながらその赤髪の少女が指さす先には、いつものぶかぶかのローブではなく、旅の装いに身を包んだシルフィ・ランドック。
そしてその後ろには。
「あと、あんた!さっさと離れなさい!」
「んー……?」
まだ目の覚め切らない、というか未だに夢の中にいるようなアベルが、シルフィの後ろから覆いかぶさるように抱き着いていた。
「にゃあ。朝は冷えるから、私は湯たんぽ代わり」
「そうそう。シルはあったかいなあ」
とろんとした目つきのまま、アベルがシルフィをさらにぎゅっと抱きしめた。
するとさすがに恥ずかしいのか、シルフィの頬が赤く染まる。
「……いいなぁ。……ッじゃなくってっ!二人っきりの旅じゃ!なかったわけ!?」
「……え?いや、王剣隊と魔導隊から一人ずつ連れての三人旅、なんだけど?」
「なにそれ!?聞いてないわよ!」
「にゃあ。ガーディニアのお嬢様はなんだか情緒不安定。これは大事な旅。アベル、ここは私たち二人で出発すべき」
「何言ってんの!?私も行くに決まってんでしょ!?いいからあんたたちさっさと馬乗んなさいよ!」
「……ふぁ。仲良く行こうよ……」
ひとしきり城門前で騒ぎ、あきれ顔の門番にアベルが手を振ると、薄暗がりの中に蹄の音が三頭分響き渡った。
***
「それで、どこに向かうの?やっぱり
乱れのない常足で馬を進めながら、クレアがアベルに聞いた。
「いや、方向としてはそっちを目指すんだけど。でもあそこは俺も個人的に調べたことがあるし、何度も行っても意味はないだろうから、とりあえずはパス」
アベルの言葉にクレアも頷いた。
あいにくパレスが健在な頃に見たことはないが、『結晶化』後の姿は、近くで王剣隊の任務があった際、クレアも一度見たことがある。あそこはなんというか……
――確かに何度調べても何か見つかるとは思えないわね……
魔結晶以外何もない、まさに死んだ土地。ここにはかつて宮殿が建っていた、なんて実際に目にしたクレアも信じられなかったくらい、異常としか言えない場所なのだ。
「にゃあ、それじゃあどうするの?」
「うん。実はリーゼさんから、手がかりになるかもしれない人の話を聞いてるんだ。とりあえずその人に会いに行こうと思う」
「……手がかりって、あんたの過去にかかわっているかもしれないって事よね?」
アベルの過去。彼を知るものならば皆気になるであろう、その生い立ち。
5年前、魔結晶の中から掘り出された少年。
彼には王国の基本からすれば亜流だが剣術の心得があり、そしてそれをはるかに超える魔術の知識を持っていた。
それだけでも十分驚嘆に値するが、彼のお目付け役に任ぜられたリーゼ・ウェザーによれば、最も驚異的なのはその吸収の速さだと言う。
暗殺者を退ければその技を一目で盗み、政務を教えれば1を知って10の結果を出す。まさに砂が水を吸うように成長を続ける、それがアベルの最も特異な性質だと。
そんな彼の過去への手がかりとなる人物。いったいどんな人間なのか、クレアだけでなく、シルフィも興味を隠せない様子だ。
「うーん……。その人が直接俺の事を知っているかはわからないんだけど」
そういうと、アベルはリーゼから聞いた話を思い出すようにゆっくりと口を開いた。
「パレスで先王が開いた数少ない社交会の出席者は、ほとんどが貴族や商人、あとは芸術家や魔導士みたいな先王自身と親しい人たちばっかりなんだけど、一度だけ、秘密裏にだいぶ毛色の違う人を招待したみたいなんだ。しかもパーティもそこそこに、別室で二人、長い事何か話していたことがあったらしい」
「……その人に会いに行くの?」
「うん。これだけの情報じゃ、はずれの可能性も結構高いと思うんだけど、他にはとっかかりになりそうな手がかりもないしね」
アベルが小さく肩を落とし、やれやれといった様子で首を振る。
「でもま、起点がパレスしかない上に、そのパレスももう無いし。そのくらいの情報でも無視はできないわよね。……で、誰なのその人って?」
「俺もよくは知らないんだけどね。あっ、でもクレアだったら知ってる名前かも」
そう言いながらアベルが腰の二振り、出立を前にリーゼから手渡された白と黒の剣にそっと手を置いて、その名を口にした。
「ラルフ・オルキッド。剣王って言われている人みたいなんだけど、知ってる?」
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