6 旅の仲間(美少女)
ドラウステニア王国、魔導隊。
魔術の研究、そしてそれを使う魔導士の育成・運用を目的としたこの部隊は、長い歴史のある王剣隊とは違い、先王が創設した比較的新しい部隊だ。
そしてここはそんな魔導隊の隊舎、通称『賢人の間』。
数少ない、実戦投入が見込める魔導士がいるところ。
もう一人の同行者に声をかけるためやってきたアベルは、隊舎の扉の前で王剣隊とのごたごたを思い返し、一度深くため息をついた。
――でも、やっぱりこっちは気が楽だな。
魔導隊はアベルにとって側付きの執務室に次ぐ、第2の職場というべき場所だ。馴染みの顔も多い。先ほどよりずいぶん落ち着いた表情を浮かべ、アベルが扉を開けたとたん。
「にゃあ。アベル、待ってた」
ローブの裾を引きずりながら、一人の少女がとてとてとアベルの元へやってきて、その腰に抱きついた。
「おっと。……出迎えありがとう、シル」
そう言ってその頭をいつものように優しく撫でると、少女はアベルの体に顔をグリグリと押し付けながら、気持ちよさそうに喉を鳴らす。
「うみゅ。アベルちょっと汗臭い」
「ごめん、ちょっとさっきまでばたばたしてて」
柔らかな白銀の髪を持つ、小柄な少女だ。人形のような可愛らしい顔には、彼女の最大の特徴であるネコ科の耳が。
シルフィ・ランドック。
ドラウステニア国内では珍しい獣人にして、幼いながら魔導隊に所属する「賢人」の一人。
そしてアベルにとっては同僚で、また妹のような存在でもある。
そんな少女の出迎えを受け、しばらく広間の入り口で少女の頭を撫で続けること、数分。
「はふぅ、堪能した。満足」
シルフィが満ち足りた顔で耳をぴくぴく動かすと、やっと顔を離した。
「それはよかった。……ちょうどシルに話があったんだよ。中で話したいんだけど、いいかな」
「わかった。行こ」
こくりとうなずいて、シルフィがアベルの手を引いて広間の中へ進んでいく。
魔導隊隊舎として使われるこの大広間の中には、机と椅子が無秩序に置かれ、そこいら中に怪しげな触媒が転がっている。そしてなにより目を見張るのは大量の本。
一心不乱に何か書きつける音が響き、あちらで不意に魔炎が発生したかと思えば、こちらでは何か動物の悲鳴のような音が聞こえてくる。
そこにいる人々は、王剣隊修練場の熱とは別種の、不気味な熱気を生み出していた。
が、しかし。
「こんにちはアベル」
「アベル殿、お久しぶりです」
「ようアベル、ちょっとこの反応を見てくれ!」
そんな怪しげに見える彼らも、アベルの姿を認めたとたん顔を上げて声をかける。
アベルもそれに微笑みながら挨拶を返すが、そのたびに隣のシルフィが小さく「フシャー!」と毛を逆立てて威嚇し、その様子を皆は微笑んで見送っていく。
気難し屋のシルフィがアベルにひどく懐いている様子は、魔導隊の中でもおなじみの風景となっていた。
そんないつも通りの光景に緩みそうになる頬を少し律して、アベルは広間の端、壁際に置かれた椅子に腰を下ろして口を開いた。
「シル、今日はちょっと真面目な話をしに来たんだ」
そうやって少しだけ重苦しい雰囲気を出して、アベルが切り出した瞬間。
「にゃあ、知ってる。もちろん私も付いてく」
ろくに話も聞かない内から、向かいの椅子ではなく、アベルの膝の上に座ったシルフィが当然のように答えた。
「知ってるって、なんで?」
固めた決意が思ったよりも気軽に返されて、アベルは拍子抜けしたような表情で膝の上の少女を見る。
「今朝、アベルのところに遊びに行った。……そしたらリーゼが来てたから、そのまま風の精霊さんに付いていってもらった」
「……なるほどね。説明の手間が省けたよ」
精霊魔術。
大気中に漂う精霊を視て、言葉を交わし、その力を借りて超常の力を行使する。魔法の才能をもつ一握りの中でも、さらに限られたものが扱う魔法だ。
精霊魔術の基礎として、アベルでは見ることもかなわない精霊たちと、シルフィは友の様に心を通わし「精霊さんが見聞きしたことを教えてもらう」ことができるそうだ。
しかしその力を彼女は誇るでもなく。
「ごめんなさい……」
消え入りそうな声で、シルフィがつぶやいた。
自分でもよくないことをしたとわかっているのだろう。心なしか猫耳も下を向いて、先ほどまで静かに揺れていた尻尾も元気無く垂れ下がっている。
普段なら彼女は、そんなのぞき見のようなことは絶対にしない。だがアベルが危険な目に会いそうなときは(リーゼが持ってくる任務が大体そうだ)、嫌われたとしても精霊を使うことに決めていた。でも。
「……私の事、嫌いになっちゃう?」
覚悟はしていたが、今回シルフィが聞いてしまったのは、アベルの過去にかかわるとても繊細な部分のことだ。クレアと同じく、シルフィもアベル本人からその出自などについて前に聞いてはいたが、それでも軽々に盗み聞いていい話ではない。
不安そうな目で、膝の上からシルフィがアベルを見つめてくる。
たしかに褒められた行為ではない。だが、アベルは幼く見えてもシルフィの思慮深く、思いやりのある一面を知っている。きっと今回も朝からリーゼが来るほどの案件だからと、アベルの事を心配したんだろう。
そんなことを考えて、アベルはシルフィの不安げな目に優しく微笑みを返すと。
「僕がシルを嫌いなんて、あるはずないじゃないか。いつも心配してくれてありがとう、シル」
そう言うと、膝に座るシルフィの頭を、甘やかすようにまた優しくなでた。
とたんにホッとした表情で、シルフィはアベルの体に寄りかかると、なでられるままにまた気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「でも、よく考えて。どのくらいかかるのかもわからないし……たぶんかなり危険な道のりになる。それでも……」
「にゃあ。行くったら行く。アベルが行くとこなら、どこまでもついて行く」
「そっか……。ありがとう、シル」
互いに信頼しあった二人の間に、暖かい空気が流れた。
鬼気迫る様子で研究を続けていた周りの隊員たちも、そんな二人を横目でこっそりと見て、思わずほっこり。広間全体にゆるんだ空気が満ちる。が。
「にゃあ、ところでアベル」
「ん?」
「
その声色に、すこしだけ棘があったような気がして、アベルがシルフィの様子をうかがう。すると。
「私よりあの女に先に声をかけたのは、なんで?」
――……そういえば猫って肉食だったな。
獲物を狙う開いた瞳孔で、シルがアベルを見上げていた。
シルの感情に合わせ周囲で精霊が励起しているのだろうか。強い魔力が渦巻いているのがわかる。
「ちょっと誰か!助け……」
アベルが青ざめて辺りを見渡すも、先ほどまでの空気などなかったように、隊員たちはこちらを見ないように研究を続けている。
「にゃあ。答えて?」
膝の上に座っているシルフィがアベルの太ももに爪を立て、アベルの額から冷たい汗が一筋、流れた。
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