クラス異世界召喚物に備えて鞄に入れる物について(実践編)合宿三日目 ②

「……暇ねー。」


「そうですねぇ。」


 部長の声に、隅田さんがコクンと頷く。


 みんな焚き火を囲うように体育座りをして、火が燃え盛るのをただジーッと見る。


 呆気ないことに、2度目の火起こしは30分ほどで火種を作ることに成功。ふーふーと火を木屑に写すのも10分かからなかったと思う。

 正直一度目と対して変わったところはなかったのだけど、やっぱり慣れたということだろうか。


 僕は「はぁー」と長いため息をついた。

目の前で焚き火にかけられる鍋。単純に考えて、鍋に入れた海水以上の水は、入った海水を全て蒸発させなければならない。


 カップラーメンを作ろうとしてコンロでお湯を沸かしていることを忘れて、20分ほど経ってから慌てて火を止めにいっても全部は蒸発しないのだ。つまり、1リットルだとか一定以上の水を確保するには莫大な時間が必要になってくる。


「これと同じ仕組みをあと50個くらい作れば速攻で飲み水を生成できそうね。」


 部長が真顔でそう言った。


「……火の管理とか大変すぎてやばそうですね。」


『そもそも鍋やら海水を煮る器がありません。』


 僕と隅田さんで部長の意見にダメ出しをした。


「地球の大半が海、つまり水出てきているのに、各地で水不足だなんて問題が起きてる気がわかった気がするわ。効率悪すぎでしょう……バカじゃないの?」


「海水を一瞬で、燃料もほとんど使わずに飲み水にできる機械でも考えて特許取ったらぼろ儲けできそうですね。」


『そこはお金じゃなく世界の水不足を解消に導く名誉を取りましょうよ。』


 たらればの話が出るのは話題が切れかけて、暇加減が極限に差し掛かっている証拠だ。

 どれぐらい話題がないかといえば、メールで今何してるって聞く時くらい話題がない。


「どれぐらい溜まったのかちょっと確認してみない?」


 ついに我慢の限界に達したらしい部長が鍋に近づいて、今にも手をかけようとしていた。


「ダメですよ。水蒸気が外に漏れ流じゃないですか。余計水が貯まるのが遅くなりますよ。けど暇なのは確ですね。今こそ作業分担でもします?」


「だから作業分担は死亡フラグだって何度言えば……でも暇なのよねー。」


 部長はバックから取り出した貴重な食料をパリパリと食べている。ポテトチップスが今日の僕らの昼ごはんだ。普段から一食にお菓子しか食べないような偏った食生活だったので特に不満は感じない。


「こういう時って、異世界転移物だとそ

ろそろ米が食べたくなるんですかね。」


 このままだとウトウトと眠くなるくらいに退屈だったので、話題を提供した。


「あーありがちよね。転移した異世界で米、味噌、醤油を求めるのは。」


 部長はそう言いながら大きなあくびをした。……手で口を隠せ。それでも淑女か。


『私はどっちかっていうとパン派なので。』


 日本愛のない答えだ。僕も食事に対して特に拘りとかはないので人のことは言えないけど。なんなら毎日毎日ウィダーゼリーでも良いくらいだ。


 食事を楽しみに生きている人もいるかもしれないけど、僕は食事に幸せを感じたことはない。米が食えなかったらノイローゼになるほどのジャパニーズ魂も持ってはいない。


「じゃあ交代して火の番でもしましょう。で、残りの二人はこの焚き火が見える範囲で釣りでもしときましょ。それなら流石に死亡フラグさんも立つ余地がないでしょう。」


 部長がうんうんと頷いて得意げな顔をする。一人で火の番か二人で釣りか。どうだろうか。僕的には一人なら一人で砂遊びも悪くないと思ったり思わなかったり。スマホに入っている電子書籍を読んでも良いけど、こう日が出ているとスマホの画面は鏡のようになって、全く字が読めないのだ。


 ん?そういえば隅田さんとも日光の下、外でスマホの文面でやり取りをしているのに、どうして画面に文字がはっきり見えるのだろうか。僕は疑問に思った。


「隅田さんのスマホって外でもあんまり光反射しないで見やすいよね。なんかやり方とかあるの?」


「ああ。そういえばそうね。毎回調子に乗ってふとテラスなんかで電子書籍を読もうとすると画面が見えづらくてイライラするのよねぇ。」


 部長も僕と同じような悩みを持っていたらしい。

 いや僕の家にテラスなんておしゃれなものはないのだけども。これは電子書籍のデメリットというやつなのだろうか。日光の下での見やすさという点においては紙媒体が電子書籍に勝るということか。夜は電子書籍の圧勝だけれども。


『簡単です。スマホの明るさ設定をマックスにする。それだけですよ。』


と、やはり日光の下でも見やすいスマホの画面に表示された。うーむ。確かにそれで反射は軽減されるだろう。

けれどなぁ……。


「えー。嘘はダメよー。私のスマホは明るさマックスにしても隅田ちゃんほど綺麗に見えないわよ。」


 部長がずけずけと僕が言いたかったことを代弁してくれた。


『お二人ともスマホを見せてもらえませんか?』


 顎に指を当ててはてなと首を傾げていた隅田さんが何か閃いたようにそう書き込んだ。


 僕らがスマホを渡すと、隅田さんはそれを自分の目の前あたり(髪の毛で分からん。)に持ってきて角度を変えたり、ロック画面をつけたりして何かを確かめている様子だった。

 しばらくすると『ありがとうございました。』とスマホが返ってきた。


「あ、うん。」


 手の中に戻ってきたスマホに、少しホッとした。別にスマホが壊されると疑っていたわけではないのだけど、一時的とはいえ自分の手からスマホが離れると不安になる。

 使わないだろうなーって場面でもポケットに入れたり、手に持って移動してしまうし。特に小さい方のトイレの時に持って行ってしまった時は、さすがに僕も自分でどうかと思った。


 最近ではスマホをトイレで使う人がが多いらしいから、スマホを介しての細菌やウィルスの感染が問題になっているらしいし、ノロウィルスとか。気をつけなければとは思っているんだけどなぁ。どうもスマホが手元にないと安心できないのだ。


「それで、何か分かったのかしら隅田ちゃん。」


 部長の問いかけに、隅田さんは深く、力強く頷いた。どことなく仕草が自信ありげである。


『お二人のスマホの画面フィルムはグレアでした。多分それで光が反射しやすいんだと思います。私のはアンチグレアですから。しかも三枚重ねしてますし。』


「あん、ぐれ……なに?」


 部長は聞きなれない横文字どころか、アンチすら聞き取れないという英語テスト赤点常習者の実力を惜しみなく見せつけてきた。


「僕もぐれあ?って言葉には馴染みがないんだけども。」


 アンチはさすがに聞き取れたよ。


『グレアは光沢とかって意味ですよ。お二人のフィルムはグレア、つまり光沢があって、光を反射します。逆に私のはアンチグレアで光を反射しにくいんです。』


「へーそうなんだ。」


「ふーんそうなの。」


 部長と声が被って少し嫌な気持ちになりながら、僕は目を細めて自分と隅田さんのスマホを見比べた。


 隅田さんの可愛いらしいクローバーがデザインされた手帳型のカバーに包まれたスマホと、僕の剥き出しで、所々落としたり擦れたりして傷がついている僕のきったねぇスマホ。比べていたらあまりの違いになんだか自分が恥ずかしくなった。


 気を取り直して、肝心のフィルムについてを見比べると、確かに僕の方のスマホの画面はツルツルしていて、隅田さんのスマホはなんだかモヤっと曇っているかのような印象を受ける。透明感がなくて、なんだか物凄く違和感だ。


「なんだか鮮やかじゃないのね。」


 部長も僕と同じような印象を受けたらしい。


『光沢があった方が動画やらゲームやらを楽しむには良いかもしれませんね。アンチグレアは屋外でも見やすいですけど、なんだかモヤがかかったようになりますから。屋外での見易さか、透明度のある画面か、どちらを優先するかだと思います。』


 そして、隅田さんは屋外での見易さを選択したというわけか。


「んー。確かに隅田ちゃんのそのアンチなんとかっていうのは太陽の下でも見やすいのだけども、この曇りガラスみたいなのはちょっと耐え難いのよねぇ。私は遠慮しとこうかしら。」


 僕としても、スマホはどちらかというと動画を見るかゲームをするかにしか使っていないし、それらを屋外でやることはほどんどない。というか屋外に出ることがほどんどないないのでグレア?という光沢のある方のフィルムをこれからも使っていきたいところだ。


『そうですか。まぁスマホカバーや手で日傘を作るだとか、フィルム以外にもできることは有りますしね。』


 そんなことをスマホに書き込む隅田さんは心なし残念そうに見えた。

 

 んー、画面が曇ったようになるのはちょっとなぁ。


「ていうかそれよりもスマホのフィルムって三枚重ねとか出来るってことに若干驚いたよ。ちゃんと指とかに反応する

の?」


 僕としてはそちらの方が驚きだ。フィルムは一枚が普通じゃないのか。そもそも3枚貼って効果はあるのか。


『全然反応しますよ。保護フィルムって薄いですし。ガラスフィルムで大丈夫なんですから、保護フィルム3枚くらいなら余裕ですよ。』


「そうなのか。」


 ゲームをやっているからか何枚重ねって言葉に言い様のない魅力を感じてしまう。やっぱりバフやデバフは何重にも重ねる物だし。重ねがけは火力の基本だから。

 例えそれがフィルムであろうとも、何処まで重ねられるかの限界とかに挑みたくなってくる。今度フィルムを買って試してみよう。


「で、どうなの二人とも。役割分担やっちゃう?」


 そう言いながら部長はぐるぐると肩を回す。なにやってんだこの人。


「別にいいですけど。」


 隅田さんも首を縦に振った。


「じゃあジャンケンで負けた人が火の番ということで、いうわよー!」


 ふふんと不敵な笑みをこぼす部長を見て、肩を回していた意味がわかった。いや、じゃんけんに肩は使わないけどさ。なんか気分的に腕らへんに力が入るから。


 僕はサンサンと照り止まぬ太陽に肌をヒリヒリと焼かれて痛むので、出来れば森の日陰に近い此処で火の番人をしていたいのだが。


 こうもジャンケン如きにやる気を出している部長に、「僕はが一人でいいですよ。」というのもはばかられた。一人がいいとか言って気まずい雰囲気にさせたくはないし。


 隅田さんも袖をまくって前髪を鼻息で押し上げた。なぜ二人ともこうもやる気なのか。


「じゃあ行くわよー。最初はグー!ジャンケン……」


あいこを繰り返すこと5度。6度目に繰り出された手はパーが2つにグーが2つで勝負がついた。


 そしてグーを出したのは……


「うそーん……。」


 部長が震えたか細い声を出した。

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