クラス異世界召喚物に備えて鞄に入れる物について(実践編)合宿三日目 ③
横では隅田さんが岩場に腰掛けて竿を海へと垂らしていた。
足をパタパタと退屈そうに動かしている。
僕もその隣で同じように竿を垂らしている。竿は部長が渋々渡してくれたものだ。その部長は遠くの方で木の日陰でブー垂れている。
こちらを向いた部長と目が合いそうになってサッと顔を背けた。
「隅田さんは日焼けとか大丈夫?僕ってどうも日に焼けるとすぐ赤くなるタイプで、いわゆる肌が弱いタイプだからもうヒリヒリしてるんだよね。」
『私は日焼け止め重ね塗りしているのでそこまでは。それでも太陽さんは防壁を突破してきちゃうんですけど。日焼け止め、貸しますしょうか?』
言われてみれば竿を片手にスマホを打ち込む隅田さんの肌は少し焼けている気がする。
「んー。じゃあ貸してもらおうかな。」
ここはご好意に甘えるとしよう。
「それにしても毎回思うけど、絵の具やらシャー芯やらは『貸す』って言うけど、大抵の人は返さないよね。」
ハンドクリームとか今回の日焼け止めとか。
『かといって、せいぜい一回分しか使わないのに、あげるっていうのは変な感じがしますけど。もうそういうものだと思って、「貸してもらう」っていう時、心の中で「返さないけど」って付け足しておけばいいんじゃないですか?それなら違和感ないですし。』
違和感はないけど罪悪感が湧いてきそうだ。貸す方は、「貸そうかー?」の前に「返ってこないだろうけど」と心の中で付け足すのだろうか。なんだか陰湿で仲が悪そうだ。
なら心の中ではなく口に出すのはどうだろうか。試してみよう。
「日焼け止め借りてもいいかな?返さないけど」
『いいですよ。返してもらえることは元から期待してないので。』
隅田さんは意図を理解して乗ってきてくれた。……なんと殺伐とした会話か。
「やっぱり頭を空っぽに「貸してー」「いいよー」みたいなアホっぽい問答が1番いい気がしてきた。」
『同感です。とりあえず、貸しますね。』
僕は隅田さんがポケットから取り出した日焼け止めクリームをありがたく受け取って、肌の露出した部分にペタペタと塗り込んでいく。
そして、「ありがとね」と言って日焼け止めクリームを返す。
返すと言っても、使った中身は減ったままなのだけど。
『それにしても釣れませんね。』
「むしろ釣れたとしても食べられる魚かどうか判断がつかないかもしれないよね。僕は魚に対する知識とか皆無だし。」
島国日本に生まれた身としてはけしからんことかもしれないが、本当に魚に対する知識と興味が皆無なのだ。青魚は全部一緒に見えるし。
そもそも代表的な魚すら名前が出てこない有様だ。カツオとかサケくらいしか分からない。
『いいんじゃないですか?そもそも異世界だと私たちが知っている魚なんて居ないかもしれないんですし。居るのは完全なる未知の魚達ですよ。』
隅田さんのフォロー?に僕はそれもそうかと納得した。
例え地球の魚図鑑を異世界に持っていったところで、所詮地球の魚図鑑は異世界では無意味。つまり魚の種類なんて覚えなくても良いということではないか。
「んー。図鑑とかで色んな生き物の写真やらを見るのは好きなんだけどね。種類とか名前とかを覚えるために読んでないからなぁ。」
僕にとって図鑑とは完全なる観賞用だ。絵画を見る感覚に近いかもしれない。わーすげーってなるだけ。特に知識は増えない。
『名前とかを覚えるのも面白いですけどね。魚だとオジサンなんて名前のものも居ますし。』
「なんか食べる気が無くなる名前だね。」
命名した奴はよほどセンスがなかったのだろう。
『美味しいらしいですよ。私は食べたことありませんけど。』
隅田さんのスマホに一匹の魚が映った。これがオジサンだろうか。オジサン感はゼロだが。強いていうのなら、顎らへんから伸びた二本の長いヒゲがオジサン要素なのだろうか。赤い体も酔っぱらってる中年っぽいっちゃぽいし。
しかしそれだけでオジサン呼ばわりとはなんとも悲しい宿命を背負った魚である。命名した奴はさぞあの世でオジサンに恨まれているに違いない。
「ちょっと食べてみたい気もするなぁ、オジサン。」
何気なく呟くと、隅田さんの頰が赤く染まってスマホを盾に僕から顔を隠すよう仕草をした。なぜだ。
顔を背けたままスマホがこちらに突き出された。
『援助交際っていうか娼年みたいなこと言わないでください!』
君が何を言っているのか。いきなりぶっ込んで来た隅田さん。
どうも隅田さん脳は「食べる」という言葉を性的に捉えるらしい。そもそも娼年とか普通に生きていたら知る由のない言葉なんだけども。
案外僕が思っているより隅田さんの心はどす黒く汚れているのかもしれなかった。とんでもないむっつりスケベである。
「あ、うんなんかごめんね。」
出来るだけ顔が痙攣らないように努力してそう答えた。
隅田さんは顔に集まった血液で暑そうに手で顔をぱたぱたと扇ぐ。
スマホを見るとかれこれ釣りを始めてから1時間が経っていた。僕らの成果はゼロ、いわゆるボウズという奴だ。
無人島なんかの人に釣られ慣れていない魚達は警戒心がないから入れ食いフィーバーだと噂に聞いたことがあるが、はたしてアレはデマだったのだろうか。
それとも「1時間くらいで諦めんなこの根性なしのカス共が!」ということなのだろうか。
僕にはどうも釣りの楽しさは分かりそうもなかった。
僕は遠くから五寸釘でも打ち付けそうな顔でこちらを見ている部長を伺って、「よっこらせ」と立ち上がった。
「火の番は交代にしようか。僕もそろそろ日陰が恋しくてたまらないし。」
そして部長が不貞腐れているし。
僕は尻についた汚れを癖でつい払った。どうせまた砂に尻をつけるのだから、気にしたところで意味はないというのに。
日陰を求めて体育座りをしている部長のところまでやってきた。
部長が僕をちらりと見上げた。そして鍋へとまた視線を戻す。
「何よー。敗者に勝者がなんのようがあるのっていうのよ。」
想像以上に卑屈になっているようだ。顎がしゃくれてるし。
「魚が取れなくて。」
僕は竿をプラプラさせた。
「釣りで無理ならモリでも作って突いてればいいじゃない。情けなんていらないわよ。」
部長はぷいっと僕とは反対に顔を背けた。これでもかってくらいにテンションが低い。本当にめんどくさいなぁこの人。
「日焼けでヒリヒリするんで、日陰に入っときたいんですよ。どちらかというと、僕がお願いする側なんですけど、ダメですかね。釣りもうまくいかなくて、隅田さんも困ってるみたいですし。」
「へぇ~?そうなの?」
「もう今こそ部長の出番ですよ。隅田さんに釣りをレクチャーしてあげてください。僕みたいな素人にはとてもとても。」
部長の口角がぴくびくとニヤケを我慢できないように動いた。
「そ、それなら仕方無いわねぇ。まあべつに?火の番も大事な仕事だし嫌じゃあ無かったんだけども?可愛い部員が困っているだていうのなら部長として解決してあげなきゃいけないわけだし?後輩君がどうしてもっていうなら釣りマスターたる私が隅田ちゃんを指導してあげようじゃない。」
おだてすぎて完全に調子に乗ってしまった。
今もこちらをチラチラ見てして、もっと褒めてと言わんばかりだ。犬のような尻尾と耳をフリフリと動かす姿を幻視した。
「どうしてもですよどうしても。やっぱり僕らは部長の力がないとダメですよねぇ。」
「そうよねぇ!私がやっぱりナンバーワンなのよねぇ。ほら、日陰に入んなさいよ。このシートも貸してあげるわ。」
部長は立ち上がって、さっきまで自分が座っていた赤いハンカチを指し示した。
「いやぁありがとうございます部長様。」
部長のお尻がずっと付いてたんだなーと思って腰掛けるも、もともと地面があったかいこともあってハンカチに移ったであろう部長の体温はよく分からなかった。残念である。
「じゃあ私は隅田ちゃんの所に行ってくるわね。後輩君は夜ご飯にするお魚パーティの準備でもしときなさいな。」
部長は砂を後ろに蹴り出しながら隅田さんの元へと駆けて行った。
日陰で若干下がった温度に温泉に浸かったかなような心地よさを感じて、僕は「ふぃー」と息を吐いた。極楽である。
いくら日陰で太陽から隠れようとも、この合宿が終わる頃には僕の肌はこんがりと焼かれているかもしれない。今までの人生で目立つ日焼けなんぞしたことがなかったから、家族に笑われるかもしれない。
もしくは親に「あんたもようやく外で遊ぶ健康的な子に育ったのね……」と感動されるかもしれない。
こんがり焼けた小麦色の肌というのは健康的というのは印象が持たれがちだけど、日焼けは健康的に良くないのになぁ。
日焼けはいわゆる日光の供給過多で、火傷とおんなじわけだし。
そりゃ日光は必要なんだろうけども、健康に必要な太陽光など僅かなものだ。運動だって室内でも、日の沈んだよるにだって出来るというのに。
まったく色白=不健康という等式はやめてもらいたいものだ。
そういう僕は不健康で不摂生な生活を送っているわけだけども
しかし僕的にも小麦色の肌をしたスポーツ少女というジャンルにはぐっとくる所があるし、一概に日焼けを全否定もできないのが悩ましい所である。
部長と隅田さんが戻ってきたら女性の意見を聴いてみよう。普通の女子高生の意見が聴けるのかは若干怪しい所ではあるけれど。
僕は二人が帰ってくるまでに立派な城を築くべく、砂いじりを始めた。
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