ネタバレについて

「あれ?今日は隅田さん居ないんですか?」


「居ないわよ。」


 放課後、隅田さんの姿がないので、前に座っている部長に尋ねると、不機嫌そうな返事が返ってきた。

 喧嘩でもしたんだろうか。


 部長の小刻みな貧乏ゆすりで机がカタカタと揺れる。


「彼女は家の習い事?みたいなのがあるから顔出せない日があるって言ってたじゃない。忘れたの?」


 僕を殺すような目で睨んできた。何故こんなに気が立っているんだろう。


「忘れてましたけど。ていうかなんか怒ってます?」


 別に襲われたところで美術室にいる渡辺さんを大声を出して召喚すれば部長など瞬殺できる。そのことに気づいた僕は強気だった。


「はぁー。やっぱり態度に出ちゃってる?」


「かなり。」


 むしろダダ漏れだった。


しかしどうやら何時もの構ってちゃんモードではなく、自然なものだったらしい。


「昨日から腹の虫どころが悪いのよ。ネットの掲示板を徘徊してたら、ちょうど楽しみにしてた本のネタバレを食らったの。

 ネタバレ注意の警告もなしにつらつらと本のストーリーを余すことなく書き連ねられるとはやってくれたわ。」


 部長はリズミカルに何度も舌打ちを繰り返す。

 貧乏ゆすりも激しくなってきて、机がいっそうガタガタと揺れる。

 これは本格的に機嫌が悪いようだ。噴火は間近だろうか。


「あー。部長ってネタバレNGな人でしたか。」


「現在進行形で、ネタバレしやがった人間を特定して社会的に抹殺してやろうと考えるくらいにはね。」


「怒ると目尻とか眉とかつり上がって不細工な変顔になってますよ。顔も強張ってますし。」


「え?嘘でしょ?それ本気で言ってる?」


 部長は僕のセリフで目尻や眉をグニグニと手で揉み込んだ。


「どう?美少女に戻った?」


 怒りから多少は気がそれたのか、緊張していた雰囲気が少しは緩んだ気がした。


「戻りましたよ。」


「あー危ない危ない。これほどの美貌が失われるなんて世界の損失だものね。」


 部長が美少女なことに対しては異論はないにしろ、流石に世界規模は過言じゃなかろうか。

 そう思ったが、それを口に出してしまうとまた怒りがぶり返すし、その矛先は自分ということになるだろうから黙っておく。


「ていうか、隅田さんが私情で活動を休めるなら僕も休んで良いですか?流石に暑いんですよね。」


「えー。それはないわー。可愛い部長1人を残して自分だけ帰るとかないわー。この部のヒエラルキー的にありえない行動ですわー。」


  部長は心底軽蔑したという目で僕を見てきた。

 休みを訴えただけだというのに酷い言われようである。散歩していたら突然石を投げられた気分だ。


 こんな事を言われる筋合いはない。一体僕が何をしたというのだ。


「何ですかこの隅田さんとの対応の差は。

隅田さんの休みはあっさりとオッケーしておいて、完全なる差別じゃないですか。」


 区別も差別もいじめもダメ絶対。


 くれぐれも部員に対するクリーンな待遇を心がけたホワイトな部活を目指してもらいたい。


 部長は僕のじとっとした目に堪えた様子もなく、むしろため息をつきやがった。


「良い?この世にはこんな言葉があります。「ただし美少女に限る!」」


 そう言い放ってドヤ顔を決めた。


「はぁ。」


僕は、また部長がわけの分からないことを言い出したなーと思いながら生返事をした。


「隅田ちゃんって美少女じゃない?」


「そうですね。」


 うん。そこに異論はない。


「で、後輩君の顔面偏差値は中の下、顔の調子が良い時でもまぁ中の上止まり。つまりフツメンじゃない?」


「おい。なんの脈略もなくいきなり人の顔面を侮辱するのはやめろ。」


 不意打ちだと心の準備が出来てない分傷つくんだから。

 どうにもならない素材の部分で貶さないでくれ。


 僕はあまりの失礼な物言いについタメ口で答えてしまった。


「まあまあ落ち着いて。イライラされると暑っ苦しくなるのよねー。」


 イライラの元凶が馬を宥めるようにどうどうと僕に掌を向けた。


「つまりね?後輩君、私情で休んでも良い。ただし美少女に限る。そういうことよ。

文句があるなら美少女に生まれ変わってから出直してきなさい。」


「僕は一度死ななきゃ休みもろくに取れないんですか……。」


「私的には世の中外見が9割くらいだと思ってるわ。

ま、そういうことで色々諦めて今日も一緒に部活動に励みましょ。」


 怒っていた影は消え去り、すっかり上機嫌になった部長が机をバンバンと叩いた。


 部長は慰めのつもりなのか、鞄の中から取り出したポテトチップスの袋を開いて僕の側に置いてきた。

憐れみがカンに触るが、ちょうど空腹だった僕はそれをパリパリとかじる。

うまい。


 むしゃむしゃと腹を満たしていたら、いつのまにか理不尽に対する怒りも収まった。

 

 美味いものを食べたら大抵の負の感情は解消されるのかもしれない。

 今度部長がお怒りの時は試してみよう。人はそれを餌付けと言う。


「僕はネタバレとか全然大丈夫というか、むしろネタバレが無いと安心して本読めませんけどね。」


 ネタバレはむしろ良い文化だ。ネタバレへの注意喚起は必要だとは思うけど、鬱展開な本をスルーできるから。


「えー?ネタバレされた本を読んでも楽しさ半減じゃない?なんていうか新鮮さが無くなるのよね。2回おんなじ本を読んでる気分になるのよ。

いえね?楽しめないわけじゃないのよ?ただストーリーが分かってるとやっぱり心の揺れも小さくなるわよね。」


 部長は未だに引きづっているのか大きめのため息を吐いて机に頰をつけた。


「いや、分からないでも無いんですよ?初めて見たほうが面白いっていうのは。記憶を消してもう一回読みたいようなあっと驚くラストの話とかありますし。」


「あーわかるわー。ホント今記憶消したいわー。」


 部長の目からハイライトが消えていく。その反応に、本当にめんどくさいなこの人と思いながらも、


「じゃあ今日のテーマはネタバレについて考えます?そうすれば少しはネタバレが許せるようになるものですし。」


 と気を使う僕はよく出来た後輩では無いだろうかと自画自賛してみた。


「あー。じゃあそれで良いわ。」


 部長は中途半端に挙げた手をぷらぷらと力なく前後に揺らした。


 いつもならテーマを決めるのは部長であるこの私!とでも歯をむき出しにしてくる所、本日はこの有様だ。大変静かでよろしい。


「なんと言ってもネタバレでストーリーを知っていれば唐突な鬱展開で心に一生物のトラウマを負ってしまうのを回避出来ますよね。」


 まだ僕が純粋だった頃、好きだった主要キャラが食べられるという人食の描写で大泣きしたことがある。あの頃はまだ8歳の頃だった。


 しばらく見る人見る人がこいつは僕のことを食べようとしてるんじゃないか?と疑心暗鬼になったものだ。

 幼かった僕にカニバリズムはきつかった……。


「でも悲劇だとか感動だとか、そういう予想だにしなかった展開の方が心にずっと残ったりしない?」


「部長、そりゃ心に残るっていうのもある意味じゃ正しいでしょうよ。

心に消えない傷を負うんですから。

その傷がたまにズキズキと痛んで、フラッシュバック的な意味で唐突に思い出して、その度に胸が苦しくなったりするだけですよ。

つまりただのトラウマです。」


 心に残るのは暖かさでも爽快感でもない。ただの傷だ。


 心に残るというセリフを使えば聞こえはいいが、実際は忘れようとしたって消えてくれないだけだ。


 鬱エンドの話を読んだ日には胸が苦しくてろくに眠れやしないし、眠れたとしても悪夢として僕を苦しめるのだ。なんなら切ない系エンドですらも拒否反応を起こすようになってしまった。


 現実世界がむくわれないというのに、何故本の中でさえもバッドエンドにしようとするのか理解に苦しむ。


 そんな、僕のようなハッピーエンド至上主義の人間為にもネタバレは必要なのである。


「んー。でも推理小説でネタバレ食らったらそれは致命的じゃない?

しかも犯人とトリック両方とも丁寧なまでに説明しやがってあのこんちきしょう……!」


 机の角が部長の握力によってメキメキと悲鳴を上げ出した。たまに部長が僕と同じ人間なのだろうかと疑問に思うことがある。


 普通の人が机の角を掴んでもこんな音はしないと思う。


 部長はゴリラとのハーフとかそんな感じなのかもしれない。

 

 しかし推理小説か。

 実をいうと推理やらミステリーやら、僕はあまり好きではない。

何せ人が死ぬから。それにつきる。


 何より胸糞が悪いのは、殺された人間が、死んで当然のゲス野郎なことが多いし、犯人は、「そりゃあそんだけのことをされたら殺しちゃうよ。」と思わず同情してしまうような動機で殺人を犯してしまった善人であるということか。


 たとえば、過去に恋人を殺されたことを知ってしまい復讐するとか、そんな感じ。


 そして最も嫌いなのは探偵役が、そんな被害者とも言える犯人を問答無用で断罪する所だろうか。


 何故彼ら探偵役の皆さんは、暴いたところで誰も幸せにならない真実を白日の下に晒したがるのか。


 これで、探偵役が警察や本物の探偵だというのなら、僕も仕事だからしょうがないと納得することができる。


 でも大抵の場合探偵役を買って出るのは、偶然事件に出くわした一般人だったりすることが多い。


 本を読んでいて、意気揚々と推理をしていく頭のキレる一般人に、お前は何様だ、と気分を害することもしばしばだ。


 単純に、「真実を明らかにしたい!」なんて理由ならともかく、「どっちが先に犯人を見つけられるか勝負だ!」なんて推理勝負を始める話なんかもあるのだから、不謹慎極まりない。


 そんな話を読んでいる時、不可能なことだが、話の中に入り込んで、ゲーム感覚で推理をする探偵役に「なにふざけたこと言ってんだ人が死んでるんだぞ!」と怒鳴りつけてやりたいと思ったことも何度もあった。


 そのような事から、推理物は好きじゃないのだ。


 ただ、「人が死なないミステリー」という、日常の中の謎をテーマにした作品は別である。人が死なないというその時点でもう素晴らしいじゃないか。実に平和的である。


 しかしミステリーといって人々が想像するのは圧倒的に殺人事件の方だ。

 是非ともミステリー=人が死ぬ。という方程式をぶち壊して欲しい。

 ミステリーの今後に期待する今日この頃だ。


 部長がネタバレを喰らったらのは人が死ぬ方とそうでない方、どちらの推理物だったのだろうか。


「確かにトリックとか謎解きとか、読者への挑戦、みたいなのは自分で考えていきたいですよね。僕も考察するのとか好きですし。

でもネタバレが本を買うかどうか迷っている人の判断材料にもなるわけじゃないですか。

そう考えるとやっぱりネタバレの良し悪しは場合によりけりなんですかね。」


「まぁねぇ。出来れば私はネタバレ無しで読みたいのだけれどね。

でもねー。あらすじが書いてないような本ってあるじゃない? 特にハードカバーの本に多いけれど。やっぱりタイトルや表紙で興味を惹かれても、どんな話なのか気になるからあらすじは知っておきたいのよ。

本もタダじゃない、いえ、むしろ高校生にとっては高いくらいだし。慎重に選びたいじゃない?」


と、部長は考えているらしい。


 ハードカバーの本なんて千円超えがデフォルトだったりするから、一冊ならまだしも、バイトもしていない学生がホイホイと買えるような値段ではない。


 それに、誰もわざわざ面白くもなさそうな本を買いたくはない。そしてその為の判断材料はあらすじか、もしくは読んだ人のレビューしかない。


「でもあらすじって情報量少ないですよね。物によってはあらすじ詐欺!なんてネットで叩かれたりしてますし。」


「青春物かと思ったらサスペンスホラーだった本を読んだ時は、読み終えた後、本を床に叩きつけたくなるわ。」


 苛立ったのか、部長は僕の方に置かれたポテチを手で鷲掴みにして、ボリボリと貪った。

 ボロボロとポテチのカケラが机や部長の制服の上に落ちる。


 うん。本は大切にして欲しいものだ。間違ってもそんなポテチの油でベトベトな手で、僕が貸している本を触ることがないようにお願いしたい。


 その蛮族のような野蛮な振る舞いに、僕は自分の本が無事部長の手から返ってくるのか、一抹の不安を覚えた。


「で、あらすじじゃあよく分からないからどんな話なのか触りだけでも説明しているレビューでもないかしら? と探したら、見事にネタバレを喰らうのよね。これはあらすじを書いてない本の方が悪いの。私の不注意のせいなんかじゃないわ。まぁネタバレした奴は絶対に許さないけど。」


「ハードカバーの本は立ち読み出来ますら、それで確かめろって事なのかも知らないですけど、立ち読みって結構恥ずかしいですよね。

しかもどんなストーリーか確かめるのに1番手取り早いのはラストの結末の部分を読んじゃう事ですけど、僕はともかく部長はそういうのは無理なんですよね?」


「当たり前でしょ。ネタバレではないけれど、話の内容がなんとなくわ分かる。そんな絶妙なあらすじを求めてるの、私は。立ち読みして確かめるなんて、どこに重大な話があるか分からないし、読むときはちゃんと集中して読みたいじゃない? そんな公共の場、立ち読み、話し声がする、なんてクソみたいな環境で読みたくないもの。論外よ論外。」


 女の子がクソとかいう言葉を使っちゃダメだと思う。

 いや、だってクソって糞でうんこだし。「そんな汚い言葉使っちゃいけません!」とか良く言うけど、その通りだと思う。


 しかし、立ち読みは、話がハッピーエンドか否かを確かめるには非常に良い手段だが、初見で読みたいというネタバレNGな部長としては許せない行為みたいだ。


「それにしても普段何気なく見ているあらすじって案外難しいんですね。ネタバレをすると部長みたいなのが喚き散らすし、かといってあらすじが無かったり、情報量が少ないと、面白さが伝わらずに買ってもらえないし。」


「その言い方だと私が悪質なクレーマーみたいじゃない!!」


と、部長はギャーギャーとクレームをつけてきた。


 それ見たことか。やっぱりクレーマーじゃないか。


「言い方は気に入らないけど、そう考えると確かに大変よね。あちらを立てればこちらが立たずってやつ?まぁ、そう考えれば少しは苛立ちも治るってものね。ネタバレした奴は絶対に許さないけど。」


 この期に及んでまだ根に持っているらしい。確かに褒められた行為ではないにしろ、流石にネチネチしすぎじゃないだろうか。

「部長って結構粘着質なんですね。」


 僕がつい口に出してしまった一言で部長が獣のように襲いかかってきたが、救世主渡辺さんを呼んで成敗してもらった。部長恐るるに足らず。


その後しばらく、部長は、「別に気にしてないわよ?私粘着質じゃないし?」「過去のことを水に流すって大切よね。私粘着質じゃないし。」

と話している合間合間に謎のアピールをするようになった。


 ぼくに粘着質と言われたことが予想外に響いているらしい。


 けれど、いつまで経ってもそのことを気にして、訳の分からないアピールをし続ける様が、まさしく粘着質そのものということには気づかないらしい。


本日のテーマ

ネタバレについて


結論

ネタバレはの良し悪しは、人、作品による。自分がネタバレOKだからと、むやみに他人にネタバレをしてはいけない。

また同じように、ネタバレNGだからと言ってネタバレをしてきた人間に復讐しようなどと恨みつらみを抱くのはやめるべきである。


本日の活動、終了。

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