文字による衣服の描写について②
時間通りショッピングモールにやってきた僕は、メールにあった通りに衣服のコーナーへと向かった。
そこで待っていたのはジャージ姿の部長と隅田さんだった。
部長は真っ赤なジャージで、隅田さんは黒のジャージだった。
「じゃあルールを説明するわよ。」
そう言って部長はビシっと僕を指差した。
「私たちは今から交互に一回ずつ着替えるわ。
後輩君は私達の着た服を言葉で的確に表現しなさい。
私達が合ってると感じれば正解。それ以外は不正解。
2回とも正解なら後輩君の勝ちよ。それ以外は罰ゲーム。
罰ゲームは後で教えるわね。じゃ。」
そう言って部長は試着室の中に消えていった。
最初は部長のターンらしい。
横にいる隅田さんが、『覗きダメ絶対!!』と入力されたタブレットを掲げている。
なんだろう。
アウェー感が凄いのだが。
それにしても試着室の中、カーテン一枚隔てて場所で部長が着替えているのだと思うと頭が沸騰して、顔が熱くなってくる。
手で顔をパタパタ仰いでいるとシャッと試着室のカーテンが開いた。
「さぁ始め!制限時間は10秒よ!」
「何ですかその後付け要素!短すぎでしょ!」「じゅーう。」
問答無用でカウントダウンを始めた部長の服装に慌てて注意を向けた。
これでも今日のことを考えるとなんだか怖かったから服の種類に関して多少勉強してきた。なんとかなるはず。
部長の服装は……
「えーっと、黒のタ、タンクトップにジーパン!」
ズボンはジーパンは合ってるはず。上は肩紐がめちゃ短くて肩の露出がヤバいけしからんやつ。
「ぶっぶー。聴いた?隅田ちゃんタンクトップだって笑っちゃうわよね。」
『ww』
部長は腹を抱えてゲラゲラ笑った。隅田ちゃんは片手を口に当てて必死で笑い声を堪えている。
いや、声を出さないっていうのも大変そうですね。
「どこが間違ってたんですか。」
一応聴いておかないと納得がいかない。
しかし部長の現在の服装は肩も脇も出ているわけだが、この上隅田さんの私服?ではないがオシャレを観れるのならわざわざ休日を返上する意味があったというものだ。
「後輩君がタンクトップって言ってたこれ、キャミソールっていう種類の服なのよ。」
部長は肩紐の部分をぴらぴらと指で弄りながらそういった。
「いや、タンクトップみたいなもんでしょう。ほぼおんなじじゃないですか。」
「違うわ。タンクトップが肩の部分も生地がつながっているのに対して、キャミソールはえーっと……キャミソールはそう!キャミソールは肩の部分が細い紐になってるのよ。」
部長がスマホを見ながら言った。カンペ読んでんじゃねぇ。
それにしてもなんて紛らわしい。たかが肩の露出の差じゃないか。
しかしそれならば僕はキャミソールの方が好きだ。
何故って肩の露出が激しいから。以上。
「あとは頼んだわ。バトンタッチよ。」
試着室から出てきた部長は隅田さんとバトンタッチして僕の横へときた。
キャミソールのままで。
「服着替えないんですね。」
「どう?似合うでしょ。後輩君にせいぜい私の肌を見て目の保養をさせてあげようと思って。」
部長は前髪をファサーっと払って不敵な笑みを浮かべた。
「ええほんと。似合ってますよ。」
はい目の保養にします。というか言われる前から既に僕は部長の肩と脇をガン見していた。
「その、嬉しいけど見過ぎはダメ……。」
しばらくして、体をモジモジとねじりながら顔を完熟したトマトみたいに赤くした部長が小さな声で呟いた。弱っ。
女の子が恥じらう姿って余計に魅力的に見えるから逆効果だと思う。
部長は手で肌の露出を手で庇おうとするが、庇いきれない白い肌を僕は見つめ続けた。
その時コンコンと試着室の方で音がした。
着替え終わったのかなと目をやると、スマホがカーテンの間から出ていて、
『思っていた1000倍くらい恥ずかしいんですけど。』
と書いてあった。
うん。人前でコーデを披露とか僕だったら自殺ものだよね。
横で部長がふむふむと頷いている。
「こんなことを書くってことはもう着替え終えたのね。んじゃ、そい!」
部長は血迷ったのかカーテンを勢いよく開けやがった。
出てきた隅田さんは……服を着ていた。
俯いて、僕たちの目線を遮るように手を伸ばしてわちゃわちゃと動かしている。
あれだなー。女の子の慌てふためく姿ってやっぱり可愛い。
「はいじゅーう。きゅーう」
なんて見惚れていたらカウントダウンが始まった。そうだった。今回の趣旨を忘れていた。
えーっと服装。どんな服装か。
「デニムのジャケット、中にUネックの白Tシャツを着ていて、ズボンはえーっと緑色のロングスカート!」
よし。今回は自信がある。
まずデニムという単語が出た時点で僕の勝ち確だ。
もし昨日の夜、服の種類について調べていなかったらジーパンの生地のやつのジャケットとでも表現していたに違いない。よくやった自分。
『不正解です!』
もう十分見られて何かが吹っ切れたらしい隅田さんはバンッとスマホを僕の前に突き出してきた。
「え?いやあってるでしょ!もしかしたらスカートとかも細かく細分化したらマキシスカートとか、そういう名前があるのかもしれないけど、ロングスカートでも間違いないんじゃないの?」
僕の訴えを聞いたあともなお、隅田さんは『不正解です!』の画面を変えずに僕に突きつけてくる。
隅田さんがぽちぽちとスマホを弄って、再度僕の方に画面を向けた。
そこには、
『ロングスカート→ガウチョパンツ、緑→カーキ』
と書かれていた。
「説明しましょう。カーキという言葉は主に軍装色を指す言葉で、彼女が選んだのはミリタリーグリーン。」
部長が唐突な説明キャラになりだした。
ていうか、
「緑じゃん!」
グリーンって言ってるじゃないか!
「いいえ。女子力の高い人はこういう色をカーキって呼ぶのよ。
覚えておきなさい。まぁ確かに緑といえば緑だし、別にここ良いのよ。
もし隅田ちゃんが本に登場したとして、パンツの色は緑って書いてあればこの色に近いものが浮かぶだろうし。
茶色の混ざったような緑とか色々言い方はあったとは思うけどね。」
「んぐ。」
確かに今見てみれば真緑では決してないし、「暗みがかった」だとか、「緑!」よりかは的確に隅田さんのスカートを言い表すことが出来た筈だ。
自分自身の頭の硬さ加減に少しばかり失望した。
「完全に間違ってたのはこのパンツよ。」
部長はそう言いながら、隅田さんのスカートをめくり上げるように摘んだ。
「いや、スカートって言う大枠的には合ってるんじゃないですか?」
どれだけ見ても普通にスカートだ。
『違います。ガウチョはスカートというより、ズボンなんです。』
そう入力したスマホを見せてきた隅田さんは、その場で開脚して、地面に開いた足をぺたんとつけた。
「いや、体柔らかな!じゃなくて、あーなるほど。これは確かにズボンだなぁ。」
スカートだと思っていたそれは、裾が非常に広く、ゆったりとしたシルエットでこそあれ、股の部分で左右の足に沿って分かれていた。
つまり、七分丈のズボンだったのだ。
「理解したようね。」
部長はふふんと上機嫌そうにほくそ笑んだ。
「とんでもない初見殺しじゃないですか。」
呆れて言葉も出ない。
存在を知らなきゃ誰でもスカートと間違えるだろう。
もしかしたら街で見かけるスカートの何割かは、このガウチョというスカートもどきのズボンだったりするのかもしれない。
別に恥を晒した訳ではないのだけど、勘違いしていたかもと思うと恥ずかしさ
が込み上げてきた。
『七分丈のズボンあたりならオッケーにしようと思ってたんですけど。』
「もう。隅田ちゃんは甘いわねー。」
向けられたスマホの画面にはそう書かれていたが、僕はそこにも辿り着けなかった訳だ。
「あー。罰ゲームかー。」
『じゃあ私は着替えさせて頂くので皆さん下がってくれると。』
「ちょっと待って隅田さん。」
隅田さんがカーテンの中に引っ込もうとしていた隅田さんを呼び止めた。
「似合ってたよ。その服。なんか大人っぽい感じで。」
そして、時間制限のせいで言いそびれていたことを伝えておいた。
露出は少なかったのは、残念だけど。
肌が見えなくとも、綺麗なものは綺麗なのだ。
彼女は僕の言葉にシャッとカーテンを閉めた。
出会って三日目の奴にそんなことを言われても迷惑だったかなと、生まれてきたことを後悔していると、カーテンの隙間からスマホがにょきっと外へと伸びてきた。
そこには、
『あろがてうござちます。』
とよく分からない文字列が記されていた。
僕が首を傾げていると隣の部長が脇腹を小突いてきた。
「バカね。ありがとうございますって書いたけど焦って誤字っちゃったんでしょ。それくらい察しなさい男子。」
呆れたように部長がため息をついた。
あー。なるほど。それはそれは。やっぱり恥じらう女の子は良いと思う。
なんというか、女子力が高い。
「ふぅ。やっぱりジャージ落ち着くわー。」
『ですね。こう、安定感が違います。』
実家のような安心感というやつだろうか。
ジャージに着替え終えた二人は温泉に浸かっているようなほっこり顔をしていた。
「そういえば服戻しに行かないんですか?」
二人の手にはまだ試着していた服があった。
「た、たまには服を買いのも良いかなぁと思ってね?
別に後輩君に褒められたからとかじゃなくてね?いやほんとに。」
『私もたむにはゆいかと思って。』
部長はなんだか顔が赤いし、隅田さんはまた誤字ってた。
これは案外他人に褒められたのが嬉しかったりしたのだろうか。
だとしたら僕も嬉しい。
「んん。結局あれね。衣服の種類を店員さんに聴いたりして分かったことがあったわ。」
部長はわざとらしい咳払いをしてそんなことを言った。
まさか部長に服屋の店員に話しかけるようなコミュ力があったとは。
『キョドキョドしてたら話しかけられて大変でした。』
その時の事を思い出しているのか、スマホを持つ隅田さんの手は震えていた。
あー。なるほど。それで服屋に来た理由なんかを根掘り葉掘り訊かれた訳だ。
服屋のキラキラオーラに目を泳がせる部長の姿が目に浮かぶ。
部長は自分から行くのはともかく、詰め寄られるとポンコツに成り下がるからなぁ。
「ちょっとなに人を憐れむような目で見てるのよ!
余計な事は考えないで私の話を聞きなさい!」
可哀想だなぁと眺めていると、部長はプンスカと僕を怒鳴った。
「全くもう。まぁいいわ。許してあげましょう。
良い?結局服の種類っていうのは袖や裾の丈と、シルエットの組み合わせで決まってるのよ。
だからその組み合わせさえ覚えておけば意外と簡単だったわ。あとは生地も関係するみたいだけどね。」
『はい。難しいと思ってたけど、覚えてみたら簡単でした。』
なるほど。丈とシルエットの組み合わせか。覚えておこう。
「なんか休日に外出させやがって部長この野郎って思ってたんですけど、意外と楽しかったですね。」
目の保養にもなったし。良い休日を過ごすことができた。
初めは憂鬱だったが、今の気分はルンルンだ。
「じゃあ楽しい気分のところ悪いけど罰ゲームの話いきましょうか。」
……ルンルンだったが、満面の笑みを浮かべる部長の言葉によって、一瞬で絶望へと叩き落とされた。
そういえばあったなぁそういうルール。すっかり忘れていた。
部長は僕の顔を見て満足そうにニヤリと笑った。
そして隅田さんの口元も緩んでいた。
「実は買おうと思ってる服がもう一セットあるの。」
日曜を挟んで月曜日、放課後の時間がやってきた。
僕はみんなより早めに美術準備室に行く。
そこで土曜日、服屋の一軒の後、部長に渡された服に着替えた。
そして、扉ががノックされる。
「ただいまー。」
いつもと違う挨拶と共に、部長がスキップで部屋に入ってきた。
そんな部長に僕は、
「お、お帰りなささいませですにゃご主人様」
と心を殺して口にした。
手は招き猫の形にして、くいくいと動かす。
僕は今メイド服を着て、耳に猫耳のカチューシャをつけていた。
ダメだ。現状を理解してはいけない。正気に戻ってはダメだ。
心を殺して無の境地じゃなければこの地獄に耐えられない。
「ブフゥ。」
部長が汚く吹き出した。
罰ゲームの内容は猫耳メイドの格好で放課後を過ごす事だった。
更に部長と隅田さんの命令には絶対服従。言葉の語尾にはニャをつける。
はっきり言って拷問である。
「ほら、にゃんにゃんって言ってみなさいよ。」
「にゃんにゃん。」
僕が命令に従う様を部長はゲラゲラと下品に笑う。
しまいには笑いすぎて床に倒れ込んでいた。
いつか絶対にこの報いを受けさせてやる。僕は暗い決意を胸に刻んだ。
そして、カメラを構えて現れた隅田さんを見て僕の心は死んだ。
何が辛いかと言えば、この罰ゲームの期間が一週間続くという事だろうか。
地獄の一週間が今始まった。
今回のテーマ
文字による衣服の表現について
結論
衣服は大体、丈とシルエットおよび生地の組み合わせでカテゴライズされる。
その組み合わせを覚えておけば、本の中の登場人物の服装がどんな描写をされても、具体的にイメージすることができ、より読書を楽しめると思われる。
週末の活動、終了。
今週の地獄、開始。
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