文字による衣服の描写について①
『お疲れ様です。』
「うわぁびっくりした。」
鍵を捻って美術準備室の扉を開けたら、目の前に行く手を塞ぐように隅田さんが立っていて、心臓が飛び出るぐらい驚いた。
タブレットの画面をこちらに見せている。どうならキャンパスノートは卒業らしい。
隅田さんは先日、この半端な時期にこんなヘンテコな部に入部した変わりものであるのだが……。
どうやらまたピッキングをして鍵を開けたらしい。
「またピッキング?」
『違います!鍵、鍵使いました!』
僕の言葉に彼女は慌ててタブレットにそう書き込み、制服のポケットから鍵を取り出して僕の目の前でブンブン振る。
「あれ?鍵は一つしか無いはずなんだけど。どうしたのそれ。」
『昨日の帰り際に部長がくれました。やっぱり合鍵は必要よねって言ってました。』
なるほど。ピッキングよりタチの悪いことをしているやつがいたわけだ。
合鍵を勝手に作るな。
ちゃんとした犯罪だぞ。いやピッキングも犯罪だけども。
「とりあえず後で僕の分もあるか聴いてみるよ。」
とはいえ職員室に鍵を取りに行かなくて良いのならそれはそれで便利ではある。
要はバレなければ良いのだ。バレなければ。
「ていうかそこに立たれると部屋に入らないんだけども。」
『どこに座ったら良いか分からなくて。』
彼女はいつも僕と部長が使っている机を指し示し、『部長の席』『副部長の席』と入力して見せてきた。
彼女からすると僕は副部長らしい。扱い的にはヒラ部員以下なのだが、なんだか心地いいので訂正はしないでおく。
「ああ。じゃあ机をもう一個増やそうか。」
埃を被った机から邪魔なダンボールを退かし、普段僕たちが使っている机をとドッキングした。
その際舞ってしまった埃に隅田さんはケホケホと可愛らしく咳込んだ。
うん。やっぱり女の子の咳っていうのはこうじゃなきゃ。
「やっぱり埃っぽいよね。僕らはもう慣れちゃってたけど、身体にも良さそうじゃないし一度大掃除した方が良いかもね。」
『手伝います!』
隅田さんは鼻息荒く頷いた。気合は十分らしい。
むしろこの部の活動には余分すぎるくらいに気合ご入っている。
「お、つ、か、れー!!ハローエブリワーン!」
そんなこんなやっていたら部長がやってきた。
着地時の体操選手みたいに両手を上げて体でYの字をつくる。
「いやー。まさかエブリワンなんていう、複数人を対象とした挨拶を使える日が来るとは思ってなかったわ。気分が良いわねぇ。」
部長がウンウンと深く頷いた。
『今日ははじめての活動になるので頑張ります!』
隅田さんの力強いガッツポーズとともに、鼻息で前髪が動く。
もうちょっと強めに息を吹いてくれれば目が見られるのだが。
「ああ。そういえば隅田ちゃんは初めてだものね。
読者部の活動は私がテーマを決めてそれについて話し合うだけで、そんなに小難しいことはしないから大丈夫よ。
一緒にやってみましょう。」
部長は隅田さんの手を握ってブンブン振り回した。
「で。突然なんだけど隅田ちゃんって私服ってどんな服を着たりしてる?」
僕らが椅子に座った途端、部長はそう切り出した。
僕は朝から水筒で凍らせておいた冷たい麦茶を紙コップに注いでみんなの前に置いた。
いや、たしかに心の中でさえ「みんな」という言葉を使うのは新鮮すぎてヤバいな。
はしゃいでいた部長の気持ちが少しはわかった。
『私って家からほとんど出ないのでジャージかパジャマしか着なくて。』
隅田さんは申し訳なさそうに俯きながらスマホを差し出した。
「奇遇ね。私もよ。」
奇遇じゃない。それ、ただの引きこもりの性質だから。
しかし隅田さんも引きこもりか。意外と予想通りな気がする。
部長に至っては言わずもがなだ。
「一応聴くけど後輩君は?」
「僕もジャージかスウェットしか着ませんね。行動範囲が狭いですし。」
僕も引きこもりその3だ。全てが自宅の中で完結している。
最近はネット通販で出歩くことなく必要ないものを手に入れられるし。
「そうよねぇ。みんな肌真っ白だものね。」
言われてみればそうだ。
なんだろう?みんなして純白の肌というより、不健康なヴァンパイアのような白さである。
『ですけど引きこもりは発達した文明の象徴です。
ビタミンDだって太陽に15分くらい当たってれば十分に作られるんですから外出なんて不要なんです!』
隅田さんは鼻息荒くスマホを僕らに見せつける。
ビタミンDとは紫外線を浴びることで体の中で生成されるといわれる栄養素である。
これが足りないとネガティブになったりやる気が出なくなったりするらしいから、やれ外に出て出ろ、スポーツをしろと親に言われたことがある。
しかしそんなに短時間で十分だったとは。
親の注意を散々無視してきた甲斐があったというものだ。
「へー。そうなの。なら学校に登下校している内は大丈夫ね。休日は遮光カーテンで日光を完全にした生活をしているからなんとも言えないけど。」
本当にヴァンパイアみたいなことをしやがって。
「で。結局なんなんですか。」
「こらこらカリカリしないの。そうやってせっかちさんだと女の子にモテないわよ?」
そんなことを言われなくてもそもそも出会いがないから要らぬ心配だ。
「では今日のテーマを発表するわね。今日のテーマはズバリ、「文字による衣服の描写について」よ。」
これだけじゃなんのことやら分からないので続きを待つ。
隅田さんもこてんと首を傾げていた。
「いえね?本の中で人物について描写する時、どんな服を着てるかが文字で表現されるじゃない?
わたし達はそれを読んで、この登場人物はこんな服を着てるんだってイメージ出来るわけ。」
『挿絵がない本で衣服とかの描写がないとなんだか上手く想像できなくてモヤモヤしますよね。』
「分かる。分かるわー。そうなのよ。私が言いたかったのはまさしくそういうことなのよね。さすが隅田ちゃん。」
部長が隅田ちゃんの頭をわしわしと撫で回した。
隅田さんは頭を揺らしてされるがままになっている。
どうやら口元がにやけているので嬉しそうだ。
本人がご満悦ならそれでいいかと僕も特に口出しはしない。
「で!でね?たまに描写は詳しいんだけど、自分の服の種類に対する知識が乏しすぎて全くイメージがわかない時ってあるわよね?」
「あー。たしかに。僕の場合ズボンの事をパンツと表現されるだけで首を傾げますし。」
パンツって普通下着のことじゃないのか。
主人公の一人称の地の文に「彼女は紺色のパンツを履いて……」なんて描写があったらお前なに人のパンツ見てんだよこの犯罪者野郎ってなってしまう。
分かりやすくズボンはズボンで良いじゃないか。
『カットソーって何?ってなりますよね。絶対衣服の名前じゃないですよ。チェーンソーみたいですし。』
「そもそも細分化し過ぎよね。ズボンだけで何種類あるのよ。ガウチョって何よ。ガウチョって。」
『ニットとセーターの違いが分かりません。ていうかなんで言い分けるんですか?』
「色もルビーレッドとかワインレッドとかなんですぐ細分化するの?分かりづらいのよ!赤で良いじゃダメなの!?」
各々が分かりづらい衣服の描写について愚痴を零し出した。
出てくるわ出てくるわ。とどまることを知らずに溢れ出す。
「でも僕は男子だから良いですけど、女の子が自分の着る服を知らないっていうのは女子力的にどうなんですかね。」
僕がそう口を挟むと二人ともぐるんと僕の方を向いた。
「着ないから別に良いのよ。つまり要らない知識なの。何?悪いの?」
『むしろ女の子のことを褒めたりしなきゃいけない男の子の方がそういうのは理解しなきゃいけないと思うんですけど。』
なぜか矛先が僕に向いた。
部長は問い詰めるようにガラの悪い顔をして「やんのかコラ」と顎をしゃくってる。
隅田さんは隅田さんで、怒涛の勢いでスマホをフリックして文字を打ち込みまくってる。
もちろん内容は僕が先ほど放った女子力云々への反論だ。
どうやら何か逆鱗を刺激してしまったらしい。
「良いわ。そういうことなら明日の正午に学校の下にあるショッピングモールで待ち合わせしましょう。
私達の女子力とあなたの女子力を理解する力をテストするわ。
行きましょ。隅田ちゃん。」
部長がそう吐き捨てて、隅田さんの手を引いて部屋を出ていった。
出て行く際、隅田さんが僕を振り返ってフン!と鼻息を荒くした。
明日土曜日である。つまり休日だ。
女の子は敵に回すとめんどくさい。そういうことだろうか。
僕は一人ポツンと取り残されてそう思った。
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