休日、部長にエンカウントした件について
休日、僕は趣味であるフィギュア集めをするべく街に繰り出していた。
ここいらはフィギュアに興味のある人々の割合が少ないらしく、割引に次ぐ割引によって、ネットで買うよりも大分安くお目当てのブツを入手することが出来るのだ。全く田舎様々である。
より安くブツを手に入れる為には労力を惜しまない。店を回ってかれこれ三件目、今まで行ったことのない店も開拓してみることにした。
入ったことのない店に初めて入る時特有の、未知への恐怖感で尻込みしながら、店の外でウロウロする。
長時間灼熱の中で歩き続け火照った体は、首筋をタオルでぬぐった側から新しい汗がとめどなく吹き出す。
それに伴って急激に失われていく水分とか塩分とか気力とかその他もろもろ。
せめて自力で取り戻せるものは摂取しておこうと、僕は背負ったリュックサックから冷たい水の入った水筒と、塩タブレットを取り出して気力以外の回復を試みる。
そして一呼吸ついて、意を決して、えいやと店内へと突入した。
自動ドアがウィーンと反応して左右にスライドして、店内へ足を踏み入れてみれば、今までの店とはまた違った品揃えのフィギュアやカードが並んでいた。
やはり近場の店と差別化する為に意図的にそうしているのだろうか?
とりあえず僕はお目当てのフィギュアを探していると、見つけた。
僕は歓喜の雄叫びを喉元で我慢して、そのフィギュアを素早く手に取った。ちゃんと新品、箱も潰れていない。
僕が探していたフィギュアは、最近ハマっているライトノベルのヒロインの水着姿のものだった。
やっぱりほら、目の前に立体的なモデルがあると本を、読んでいてイメージもしやすいし、必要だと思うんだ。
決してよこしまな欲望で買うわけではない。好きだから買う、という単純で純粋な欲求ゆえだ。
声を出さずに小さくガッツポーズを決めながら、もう買う予定はないが、どんな品揃えなのかと店内を見回ることにした。
そして、見つけた。見つけてしまった。
それは別にフィギュアではない。僕が見つけたのは人間だ。
そこにあったのは最近、親の顔よりもよく見る顔。
ミニチュアの恐竜のフィギュアの前、かがんで品定めをしている部長の姿があった。
これはどうするべきなのだろうか。
常識的に考えて知らぬ仲でもないわけだし、挨拶くらいはした方が良い気もする。が、問題は相手が部長という点である。
「どうも。奇遇ですね。」「そうね。じゃあこれで。」では終わらないのは悠々に想像ができた。そう考えるととても面倒くさい。
そうだ。とりあえず今は無視しておいて、僕が店を出るまでに部長がこちらに気づいたらその時挨拶をすればいいのだ。よし、そうと決まればさっさとレジに向かおう。
そう考えて回れ右をしようと片足を一歩引いた時、グルンと部長の首が回って背後にいる僕を捕捉した。
僕は、人間の首はそんなに回るもんなのかと現実逃避気味に考えた。
「あれ?部長じゃないですか。奇遇ですね。」
僕はあたかも今気づいたかの如く驚いたような表情を作って話しかけた。
「あー。やっぱ後輩君だったの。なんか背中がムズムズズしたのよね。」
部長がバトル物のキャラクターみたいなことを言い出した。気とか使えたりするんだろうか?
もしそうだったらご教授願いたい。僕もかめはめ波とか撃ちたいし、殺気とか感じたい。
「どうしたんですか?こんなところで。部長って家からあんまり出ない物だと思ってたんですけど。」
「その言葉はそのままお返しするわ。後輩君だって、僕暑いの無理でしゅ~って毎回駄々こねる割には良くこんな炎天下で外に出ようなんて思ったわね。」
そう言う部長も首筋にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「流石に欲しいものがあったら外くらい出ますよ。ネットで全ての物が揃えられるわけでもないし、値段の違いもありますから。」
「そうよねぇ。やっぱり実際に足を運んで買うからこその愛着もあるわよね。じっくりいろんな角度から見れるし。」
「わかるわー」と部長は僕の言葉にうんうんと納得するように大げさに頷く。
「それで後輩君は何を買いに来たの?」
「ああ。これを。」
僕はそう言って手に持っていたフィギュアの箱を差し出す。
「うわエッロ。後輩君、いくらリアルの3次元が相手してくれないからって、同じ次元とはいえ、この3次元に走っちゃダメでしょう。」
フィギュアを手に取った部長は蔑むような細めで僕を見て、そそそと僕から三歩ほど距離を離す。
これだから話しかけたくなかったんだ。
「別に好きなキャラだから買っただけですよ。観賞用ってやつです。てかフィギュア返してくださいよ。」
僕の差し出した手の上に、フィギュアの箱がポンと載せられる。
「まぁ観賞用ならねぇ。性欲を満たそうとでもしてるなら退部処分にするところだったけど。いいんじゃない?私もフィギュアで良く遊ぶし。」
部長は僕をフォローするように肩を叩いてくるが……。うん。この歳になって人形遊びはちょっと引く。
「意外ですね。部長がフィギュア集めしてるなんて。」
まさか僕と同じ趣味があるとは。いや、集めているジャンルが違うけれど。
「まぁ後輩君がそういうフィギュアを集めてるのは別に意外じゃなかったけれどもね。」
ほっといてくれ。
「そうねー。中学くらいから始めた趣味なのよね。一週間に一体だけ買うって決めてるの。で、私の部屋の片隅に一体ずつ並べてくのよ。夢は色んな種類のフィギュアで私の百鬼夜行を作ることなの。なんだか友達が増えてくみたいで楽しいの。」
部長はうっとりとしたような表情で自分の世界へと飛び立っていった。
「へー。そうなんですか。」
と、寂しい趣味へ適当に相槌を打つ。
僕もフィギュアで寂しさや、孤独感を紛らわせているところあるから、認めたくはないが僕と部長は同じ穴のむじなかもしれない。
いや、流石に無機物を友達と思ったことはないけれど。
孤独感をどう紛らわせているのか、隅田さんにも今度聞いてみよう。
「でも、ふとした瞬間に私の何やってるんだろう?ってなる時が1ヶ月に一回くらいあるのよね。何故かみんなと同じように活発に遊んでいた幼稚園の頃の思い出を想起しては枕を濡らすの。」
部長がさっきとは打って変わって暗い瞳でそう言った。うん。そういう時あるよ。僕はゲームのプレイ時間とか見たときになるけど。
それにしても部長、小学生の頃にはもうぼっち化してたのか。
僕がぼっち化したのは小学生高学年あたりからだから、どんぐりの背比べとはいえ、多少はマシなのだろうか?
何故だか今度から部長に優しくしようと思えた。
「それより、恐竜が好きなんですか?」
目を見開いて「あはははは」と乾いた笑みを発する部長の痛々しい姿が見てられないので、話題を変えることにした。
「え?そうでもないわよ?選ぶのは動物
の時もあればロボット系の時もあるし。でもあれねー。動物系とか妖怪系のフィギュアが多いから、後輩君みたいな完全に人間のフィギュアも一個くらいはいいかもしれないわねー。」
と部長は頰に手を添えて思案し出した。
何より僕にとって衝撃だったのは部長が友達のように思っているフィギュアの中に人間が存在しなかったという事実だろうか?
部長の闇が深すぎてちょっと怖い。
部長は色々と棚を、回ってはあーでもないこーでもないと言って、結局選ぶのに1時間ほどかかった。
うん。僕も本を選ぶときはめちゃくちゃ時間が掛かるからそれは良いんだけれど、何故僕が付き合わなければならないのか。
満足げな顔をして、金髪ツインテールで巨乳の制服姿の美少女フィギュアを抱えた部長を見てそう思った。
何かのアニメのキャラだと思ったのだけど、どうにも思い出せない。
「じゃあ後輩君また学校で会いましょう。」
そう言って部長は自転車を漕いで去っていった。
あー風が気持ち良さそうだなぁ。羨ましい。
アスファルトからこみ上げる熱気に、店内のクーラーで甘やかされた体を蝕まれながら、部長が視界から消えるまでぼーっとした頭でそんなことを考えた。
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