其の九十一 帝国の敵

 ミストルティンとリジルが大型のスティマータに止めを刺すのを見て、グラムの操縦者であるレオンハルトは目の前の機兵を見据えた。

 紅蓮の炎のような色をした機体から感じる底知れない力、それは操縦席内にある様々な計器でも示されていた。

 謎の機兵から出ていると思われる異常なまでの魔力放射量、これは聖機兵の持つ魔動力炉を暴走ギリギリまで作動させるバーストモードを更に上回る数値であった。

 バーストモードとは、カミラのパトラルカ領で、飛行する大型スティマータとの戦闘の際に十郎太が一か八かで使ったもの。

 本来は数秒から十数秒間だけ使用する必殺のモードであり、熟練の操縦者が機体への負担と己の肉体へのダメージ限界を見極めて使うモードである。

 十郎太はそのあまりにも強大なエネルギー量に振り回されて、エッケザックスを操縦していたとは言い切れなかったが、あの時はなんとか勝利をもぎ取れたのだ。


 レオンハルトは聖機兵グラムの背中にある剣を引き抜くと、ガルディアスにその切っ先を向けて問いかけた。


『おまえは何者だ! ここが聖騎士リーンクラフトの森と知っての狼藉か!』


 外部スピーカーから音声を出している為に相手にも聞こえている筈。

 しばらく返事がないので、もう一度問いかけようとしたところで動きがあった。


『くく、くっくっく……ははっ、はっははぁ』


 押し殺すように笑い声を出して紅蓮の機兵が一歩前へと踏み出す。

 グラムがそれに合わせて右足を引き、剣を両手で構えると、紅蓮の機兵の搭乗者が答えた。


『貴様こそ、誰に向かって剣を向けているのかわかっているのか?』

『な、んだと?』


 聞き覚えのある声だった。

 この重く低いが、不遜で威圧的な声音にレオンハルトは確かに覚えがあった。

 迷っていると、そのまま声が続ける。


『わからないかエルデナーク。ならば教えてやろう。貴様が剣を向けている相手は、ミルガルド帝国第13代皇帝ロンドメルド・ジョージ・ファウラス・ミルガルドの正統なる血を引く、第五皇子リガルド・クリスチャード・ロンドメル・ミルガルドであるぞっ!』


 その言葉にレオンハルトのみならず、ミストルティンを駆るサーヴァイン、そしてリジルを駆るゲルトにも動揺が走った。

 皇子の名を騙る賊か? いや、この声、この威厳、それ以上に目の前にある強大な力を持つ機兵が、それが真実であると物語っていた。

 グラムが剣を地面に突き立て膝をつくと、それに倣うようにミストルティンとリジルも膝をつく。


『それが真実であるのなら。陛下、なぜこのようなことを? 例えリガルド陛下であったとしても、大魔法使いリーンクラフト様の森を焼くような……』

『ふふふ、大魔法使いだからとてなんだと言うのだ? 奴は何百年にも渡ってこの帝国を謀り、スティマータなどという悪魔をこの世に放った元凶なのだ。それをこの俺自らが討とうというのだぞっ!』

『スティマータを? 馬鹿な……リーンクラフト様が?』


 リガルドの放つ言葉にレオンハルトは困惑する。

 聖騎士の一人であるリーンクラフトが、スティマータを世に放った元凶とはどういうことなのか? まるでわからなかった。

 しかし、この状況を看過することはできないことだけは理解できた。

 おそらくリガルドは何者かによって騙されている。そしてその黒幕が誰であるのかも予想はついていた。


 アルフレッド・ゲーダ・オルターガ


 いつの間にか皇族内部に入り込み、その一員となった下級貴族。

 そんな輩がなにを企んでいるのか?

 帝国の乗っ取りか、崩壊か、いずれにせよ皇位継承からは程遠いリガルドを担ぎ出し、なにかしらを企てていることは明らか。

 真の敵は、アルフレッドである。


『陛下、どうか今は一度お引きください。それはなにかの間違いです。このままでは取り返しのつかないことに』

『ええいっ! ごちゃごちゃと。反逆者は目の前なのだぞ、貴様とて帝国の騎士であるのならば、俺に続いて逆賊を討つ手助けをするのが道理!』

『それはできません』

『なんだと?』


 グラムが再び立ち上がり大地に突き立てた剣を引き抜く。そしてその切っ先を皇機兵ガルディアスに向けた。


『きさまあああっ! どういうつもりだあっ!』

『私は……私は帝国の騎士であります』

『ならば皇子である俺の言葉に従えっ!』


 怒声を上げるリガルドのガルディアスを前に、グラムが大きく一歩前踏み出すと手にした剣の刀身が淡く輝き始めた。

 それが合図であった。

 ミストルティンとリジルも同様に剣を抜いて構えた。


『聖騎士とは帝国の盾である! 聖機兵とは帝国の剣である! その聖騎士である、大魔法使いリーンクラフト様を反逆者と呼び、あまつさえ帝国臣民の仇敵であるスティマータを従えているあなたに従うわけにはいかないっ!』

『血迷ったかっエルデナークぅぅううううっ!!!!』


 リガルドの怒りに呼応するようにガルディアスからエネルギーの嵐が吹き荒れた。

 これほどの魔力放射に晒されながら、どうしてリガルドが無事なのかはわからなかった。

 しかし、例え相手が強大な力を有していたとしても、三体もの聖機兵を相手にできるわけがあろう筈もない。

 レオンハルトは覚悟を決めると、剣を振り上げガルディアスへと向かうのであった。



続く

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