其の九十 迷いなき剣(意思)

 突如割って入ってきた男にリーンクラフトは困惑する。斜め後ろからちらりと見えた横顔は、まるで女の様に美しかったからだ。

 しかし、この男から発せられる気配は只者ではないと感じさせた。

 それは対峙する敵も同じ様子。直ぐに体勢を立て直し剣を構えて見せてはいるものの、男の気配に気圧されて、じりじりと後退りしている。

 少女の攻撃から守ってくれたことから察するに、この男が敵ではないとリーンクラフトは考えた。


「何者だ?」


 声を出すと右脇腹に電気が走ったような痛みを感じた。

 悟られまいとジッと堪え男の返答を待つ。そして直ぐに目の前の男、沖田がリーンクラフトの問いかけに答えた。


「レオンハルトの旦那に言われてね。加勢に来たんだよ」

「レオンハルト? あぁ、エルデナークの小倅か……それで、おまえは?」


 沖田はシャドリナに剣を向けたまま、やれやれといった感じで首を振ると笑った。


「おいおい、助けてもらった相手に礼も言わず、おまけに名乗らずにそれかい?」

「主人に言われて来たのなら、私のことは既に知っているのだろう? ならば名乗る必要もあるまい」

「礼の方くらい言ってもいいんじゃない? まあいいや、俺は沖田。沖田総司」

「オ……キ……ソージ」


 不思議な響きの名前だと思った。

 それに、沖田の手にする剣を見てリーンクラフトは思う。

 あれは、無数の命を奪ってきた代物であると、それと同時に無数の命を救ってきた代物でもある。

 わけがわからなかった。この男の纏う気配が生と死のその中間にあるようで、まるでこの世界に存在しないような感じがして、酷く歪なものに感じられた。

 そんなことを考えていると、沖田から強烈な殺気が放たれるのをリーンクラフトは感じた。


「さて、あの子をどうしようか? できれば子供は斬りたくないんだよね」


 そう言いながらも、沖田から放たれる殺気は次第に大きくなっていく。

 それは、シャドリナから発せられる気配も同じだった。

 むしろ沖田がシャドリナに合わせているように感じられた。

 リーンクラフトは事態を黙って見守ることにした。

 手負いの自分が横槍を入れられるような状況ではなかいからだ。

 幼い姿に惑わされそうになるが、シャドリナは紛れもなく何度も修羅場を潜り抜けてきている戦士であると、リーンクラフトはその身を持って知っている。

 沖田もたった一度剣を受けただけでそれを直感した様子であった。

 目の前の小さな暗殺者を前に油断は死に直結すると。

 殺らなければ殺られることを沖田は理解している。

 つまりはこの男、沖田総司もまた幾度も死線を潜り抜けてきた戦士であるのだろうと、リーンクラフトは思った。


 その瞬間、先に動いたのはシャドリナの方であった。

 素早い動きで左右にフェイントを入れながら沖田との間合いを詰めると飛びかかる。

 だが、それは本当に瞬きする刹那だった。

 リーンクラフトは驚愕する。

 沖田の剣の腕前に、前大戦の生き残りであり最強の聖騎士、大魔法使いと謳われた自分にも見えない一撃であった。

 日本刀に貫かれたシャドリナの胸から真っ赤な血が滴り落ちる。

 空中で胸を貫かれ、串刺しのままシャドリナの身体は宙を浮いていた。

 一撃で心臓を貫かれたシャドリナは、苦しむ間もなく絶命したであろう。

 リーンクラフトは絶句した。

 沖田の冷徹さに、自らの命を狙う敵であるなら、それが少女であっても手加減はしない。

 その、沖田の徹底した思考と精神に、感嘆の念さえ覚える。

 それはまさしく、今から200年も前に自分が目指した真の戦士の姿であった。


 声にならないで居ると、沖田がゆっくり刀を下し胸から引き抜く、そしてシャドリナの身体を抱えそっと地面に寝かせた。


「すまないね、お嬢ちゃん。おめえさんに恨みはねえけど、命の取り合いとあっちゃ、手加減はできなかったよ」


 恨みはない。そう、おそらくこの男は純粋にそうであったのだ。

 敵であるシャドリナに対して、怒りも憎しみもなければ畏れもない。そしてそれは、情もなければ悲哀の念もなかったとも言える。そうでなければ、いとも簡単にあんな幼子の命を奪えるものかと。


 沖田がシャドリナの遺体に手を合わせてゆっくり立ち上がり、リーンクラフトへ顔を向けた。


「可哀相な子だ。丁重に弔ってやりたいけどそんな時間もなさそうだ」

「ああ、そうだな。いつまでもこんな所で時間を費やしている時間はない。強大な力を持った機兵が後方に控えている」

「それなら大丈夫だと思うよ?」


 沖田の言葉にリーンクラフトは首を傾げるのだが、すぐにその理由を理解した。

 大きな魔力の波動を感じたからだ。それも一つではなく三つも同時に。

 沖田に肩を借りて小高い丘を上がると、眼下に見える光景にリーンクラフトは安堵の溜息を漏らした。


 皇機兵ガルディアスを囲む三体の影。


「リジル……ミストルティン、そして……グラム」


 聖騎士達によって召喚された三機の聖機兵の姿に、リーンクラフトは懐かしさを覚えていた。

 仲間達と共に生み出した魔導兵器の一つ機兵。

 その中でも最強の力を持つ七体の内の三体が、数百年の時を経て再び目の前に現れたのだ。



続く

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