其の八十九 猛攻

 皇機兵ガルディアスが胸の前で掌を上に向ける。間を置かず収束された魔力が光を放ち巨大な球体へ変わった。

 リーンクラフトとの距離は、まだ1キロ近く離れている。しかし、ガルディアスはその位置を正確に把握しているのか? いや、恐らくはそんなことも関係なしに周りの森ごと消し飛ばそうとその魔力を練り上げた球体を投げつけたのだ。

 ガルディアスの攻撃はリーンクラフトの右前方、約300メートルの辺りに着弾すると爆発を巻き起こした。

 凄まじい爆風、そして熱が辺り一面に吹き荒れて行く。

 森の木々を薙ぎ倒し、焼き、大地は抉られ、自然界に存在する精霊達が大きな悲鳴を上げた。

 リーンクラフトは防御壁を張ったのだが、爆発の威力は凄まじく爆風に引き飛ばされ神木から落下してしまった。

 地面にその身が叩きつけられる直前になんとかもう一度魔力防壁を張ってダメージは軽減されたものの、数十メートルの高さから落ちたのだ、衝撃を完全には相殺できなかった。


「くっ……なんという威力だ」


 肩を酷く地面に打ち付けてしまい左腕が上がらなかった。

 無理矢理動かそうとするのだが、鎖骨の辺りに激痛が走った為に小さく呻き声を漏らす。


「やむを得ないか」


 そう言って、聖騎士を召喚しようと右手に持つフロッティを振りかざそうとしたところで、リーンクラフトは背後に気配を感じて咄嗟に反応した。


「ヴァジュラミギャリメデッ!!」


 浅黒い肌に短い黒髪、そして真っ赤な瞳をした少女が短剣を逆手に持ち飛びかかってくる。フロッティでそれを受けると、少女は地面を転がりすぐに体勢を立て直して身構えた。

 少女は低い唸り声を上げて威嚇している。

 リーンクラフトは少女が飛びかかって来るときに発していた言葉を聞いていた。


「リィンヴルム語……だと。馬鹿な、信じられん! おまえは?」


 リーンクラフトには知る由もなかった。

 この少女がシャドリナという名で、アルフレッドの手によって仕立て上げられた暗殺者、戦士であるということを。そして、自らと因縁のある一族であるということを。


 ジリジリと間合いを詰めて隙を探るシャドリナを見据えながら、リーンクラフトは再びミコットとの交信を計る。


―― ミコット、聞こえますかミコット?


 しかし、弟子からの返答はない。

 リーンクラフトは奥歯を噛むと目の前の少女に意識を集中した。

 今は時間稼ぎをしなくてはならない。しかし、敵の出してきた機兵は凄まじい攻撃力を備えていた。

 生身のままでは不利だと判断した為、不本意ではあるが聖機兵を召喚しなくてはならない。この少女をすぐに排除しようと思うのだが後方の森で再び爆発が起きた。


「くそっ! 好きなようにっ!」


 それは隙であった。

 いや、もしかしたら油断してしまったのかもしれない。

 ミコットと同じ年恰好の少女に、子供を相手にすることなどと。


「我ながら、本当に甘い……信じられない程に、腑抜けになってしまった」


 一瞬の隙を突いたシャドリナの攻撃は、リーンクラフトの右脇腹の肉を貫き引き裂いていた。

 シャドリナはすぐにリーンクラフトの間合いから距離を取り、再び身構えている。

 このままジワジワと嬲り殺しにしようとしているように見えた。

 リーンクラフトは溜まらずその場で片膝をついた。

 失血を抑える為に傷口を手で押さえたいのだが、相も変わらず左手は上がらないし右手に持ったフロッティは手放すわけにはいかなかった。

 フロッティの切っ先をシャドリナに向けると、リーンクラフトは考える。

 この少女の隙を作る手が一つだけある。気は進まないが、その手を使えばほんの一瞬、瞬き程の時間かもしれないが隙を生み出すことはできる。

 それで充分であった。

 リーンクラフトであれば、その刹那の瞬間に電撃を浴びせてシャドリナを気絶させることもできた。

 既に大量の血液を失ってしまっている、このままだとすぐにでも気を失い失血死してしまう。そうなる前に、リーンクラフトは意を決した。

 大きく息を吸うと、シャドリナに聞こえるように大きな声で言う。


「ユラバ、ヴィ、デルタイト」


 リーンクラフトの言葉に、シャドリナは目玉を丸くして驚き固まっていた。

 その一瞬をリーンクラフトは見逃さなかった。

 シャドリナは電撃を喰らいブルブルと震えてその場に頽れるように倒れた。


「この言語を再び口にする日が来るとはな。二度と使うことなどないと思っていたが」


 忌々しげにそう呟くと、リーンクラフトはフロッティを地面に突き刺した。

 そして右脇腹の傷の上から右手を押し付けると魔力を流し込み傷口を塞ぐ。魔法を使った応急処置である為に完治したわけではないが、これで出血を抑えることはできた。

 とにかく今はこの場を離れなければならない、あの謎の機兵の攻撃は止んでいるが、いつまたあの一撃を放つかわからない。

 今度は直撃しないとも限らないし、あの威力を防げる防御魔法を使うことは今の状態では無理だった。

 シャドリナのこともそうであった。

 このまま止めを刺すべきであるか迷っていた。

 いや、殺すつもりなら最初から殺傷能力のある魔法を使っている。

 この少女からは色々と聞きださなければならないこともある。気を失っている今の内に連れて帰り拘束しようと考えていたのだが、リーンクラフトは目の前の光景に唖然としてしまった。


「馬鹿な、普通の人間であれば数時間は意識を取り戻すことなど……」


 たった数秒でシャドリナが意識を取り戻し立ち上がったのだ。

 やはり殺しておくべきだったとリーンクラフトは後悔する。

 目の前のフロッティを地面から引き抜くよりも、シャドリナの方が早かった。

 飛びかかって来るシャドリナの短剣を防ぐことはできない。

 万事休すと思った瞬間。


 二人の間に割って入る銀色の刃に弾き飛ばされて、シャドリナが地面を転がった。


 リーンクラフトの前に立つ何者か。その衣服の背中には見た事もない記号が書かれている。


 袖口を白のダンダラ模様に染め抜いた浅葱色の羽織を着たその人物。


 沖田総司は振り返らずに言った。



「へぇ、ばぁさんだって聞いていたけど。随分と美人だね」



続く。

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