其の八十八 魔皇の鼓動

 怒り、妬み、恐怖、憎悪……。

 胸糞の悪くなるような感情が内側から溢れ出し、それらに己が染まっていくのをリガルドは感じていた。

 そして、それ以上に感じるのは、力であった。

 全てを支配でき得る力を手に入れたことに至福の喜びを覚える。

 あらゆるものを超越した万能感にリガルドは歓喜の声を上げた。


「ハハハハハハァァァァアアアっ! 素晴らしい、素晴らしいぞこの力は! 俺は今、この地上で最強の力を手に入れたのだ! 何者にも屈することのない、全てを支配するちからをおおおおおっ!」





 一週間前……。



 リガルドはアルフレッドを連れてとある場所を訪れていた。

 帝国領地から南西へと向かった僻地。

 大陸の約7割を領土に収めているミルガルド帝国を、他国からの侵攻を阻止するかのように聳える山脈。長さ約5000キロにも及び、最大標高は7695メートルという自然の防壁である。

 そこにはリガルドが作ったとある施設があった。

 表向きは他国からの侵攻を見張る為の城塞であったが、その地下には巨大な機兵建造施設があった。

 リガルドによって選別された技術者達は、一年のほとんどをここで機兵の開発の為に費やしている。

 機兵が初めて歴史上に登場したのは600年以上も前の事である。

 地上にスティマータが溢れ出し、その対応に追われるように機兵は量産されていった。

 その過程で技術は目覚ましく進化をしていく、人類の天敵の出現は様々な科学技術の進歩を人類に促した。それはまさにパラダイムシフトと呼べる変革であったのだ。

 そして、人類の叡智の結晶と呼ぶに相応しい機兵が7体生み出されることになる。

 人智を超えた能力と性能を発揮した最強の兵器はスティマータを地上から一掃すると、北の大地に追いやり封印せしめたのだ。

 人々はその7体の機兵を、聖機兵と呼び、その操縦者であり人類の救世主たる英雄達を聖騎士と呼んだのである。


 それから約200年近くの間、大陸では大きな争いもなく人々は平和を享受していた。

 しかし、その平和の糸に綻びが生まれた。

 一度解けた糸は留まることを知らず、崩壊の序曲が鳴る。

 至る所で王国同士の小競り合いが始まると、次第に戦果は拡大し大陸中を巻き込む大きな戦争へと発展していった。

 人類の不幸は、機兵という大きな力を手に入れてしまっていたことだった。

 元々は、スティマータという人類共通の敵を屠る為に生み出された兵器が、人間同士の戦いに投入されたのだ。

 機兵大戦が終結するまでの約半世紀の間に、人類は大陸の5割を焼け野原とし、1000万人以上の死者を出したと言われている。


「それが、200年前に終決した機兵大戦の大まかな流れです」


 アルフレッドの説明にリガルドは、くだらんと言わんばかりに眉根を寄せて答えた。


「歴史の授業のつもりか? それとも、人間の愚かしさを説く哲学者にでもなったつもりか?」

「これは失礼しました。陛下なら当然御存知であるものでしたね。それから、ミルガルド帝国がすべての貴族に出した機兵製造の禁止令と、聖騎士を縛り付けるための”爆弾“、いやはや、それから200年の間、機兵製造の技術を隠しながら継承していくのには骨が折れました」


 ニヤニヤと笑いながら話すアルフレッドのことを見下ろし、リガルドはよくもこの男は腹の中ではなにを思っているのかと警戒した。

 そもそも、今ここでリガルドが製造しようとしている機兵のことをなぜこの男が知っているのか、それは想像が付いた。

 技術者の中に、この男の息のかかった者が居ることは間違いなかった。

 皇室貴族の中に潜り込み、その一人を娶ったのだ。技術者を一人潜り込ませることなど容易なことだっただろう。

 しかし、それを詰問したところで何の意味もないことも、リガルドは承知していた。

 今必要なのはこの男を排除することではなく利用することであると考えた。


「それで、きさまの言っていたエンペラスティタナギアとは?」

「ふふふ、聖騎士達の持つ機兵が聖機兵なのであれば。皇帝の持つ機兵を皇機兵と呼ぶのは必然でしょう」

「名などなんでもよい、聖機兵を超える機兵を生み出せる、きさまはそう言っていたな。オルターガ領でこの俺に見せた、ギガース級から取り出された巨大な魔晶石、あれと関係があるのだろう?」


 話しながらリガルドは顔を上げて、目の前にある巨人を見上げた。

 数年前から製造している機兵である。

 通常の機兵の3倍の出力を目標に設計されているのだが、理論上は成功する筈の魔力を発生させるためのジェネレーターと制御系統が上手くいっていなかった。


「勿論です陛下」

「既に原因はわかっているようだな?」

「簡単なことですよ。魔晶石自体にそれほどの魔力を出力するだけの力がないのです。制御系もこのままではいけませんね、これでは耐えられない」

「どういう意味だ?」


 アルフレッドはリガルドの目を見据えると、右手の人差し指と中指を立てて見せた。


「皇の機兵には二基の魔晶石を積みましょう」




……現在。


 今の攻撃はまともに喰らえば通常の機兵であれば大破も免れない程の威力だった。

 魔法とはこれほどまに強力なものであるのかと驚愕した。

 そしてその強力な魔法を操るのが、前大戦を経験し200年以上を生きる最強の魔法使いなのだ。

 おそらくはこの地上で最強の力を持つ人間の一人であることは間違いない。

 だが、その最強にこの機兵は対抗できている。



「いや、拮抗している……いやっ! 超えているぞ、あの大魔法使いを! 皇機兵ガルディアスよ!」



続く

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