其の八十五 陽だまりの記憶7

 リガルドは今なお計りかねていた。

 目の前で跪き従順を装うアルフレッド。この男をどう扱うべきか。

 アルフレッドが自分にもたらした技術や知識は、リガルドにとっては大きな力となった。

 それは単体でも帝国と渡り合えるほどの強力な力であると、リガルドは油断でも過信でもないと考えていた。

 しかし、この蝙蝠が何を考えているのか、どれだけのことをまだ隠しているのか懐疑的でもあった。

 スティマータが人工兵器であったこと、そして聖機兵がそれに極めて近い存在であることを、アルフレッドから教えられた。

 この男が聖機兵のことをパラディヌスティタナギアと呼び、それを凌駕する存在である皇騎兵=エンペラスティタナギアなる物を作り出すことができると言うことも。なにもかもが、これまでリガルドが帝国学校では教えられなかったことであった。


「今度はなにを隠している?」


 アルフレッドのことを見下ろし、剣の切っ先を突き付けながらリガルドが問う。

 額に冷たく硬い鉄の刃が1ミリほど喰い込み、眉間を真っ赤な血が滴り落ちた。

 アルフレッドは上唇まで垂れてきたその血を舌先で舐めると、リガルドの目を睨みつけ重い口を開いた。


「復讐に、ございます」

「復讐……だと?」


 アルフレッドの双眸に宿る憎しみの炎を感じ、リガルドは嘘ではないと感じ剣を引く。


「誰の、何に対する復讐だ?」

「我が一族の、魔女に対する恨みでございます。陛下もご存じでしょう。我が一族が、一度は没落した貴族であったことを」


 正直興味はなかったが知ってはいた。

 かつての没落貴族が、父である皇帝の第3王妃。その妹と結婚を果たしていたこと。

 どうやって皇族の内部まで紛れ込んできたのかはわからないが、そんなことはリガルドにとってはどうでもよいことであった。

 アルフレッドは苦々しい表情を浮かべながら、その恨むべし相手の名を口にする。


「魔女リーンクラフト……。あの者達が、我が一族にした仕打ち。それによって長年辛酸を舐めさせられてきた先祖達の悔しさを晴らす為。本来であれば、魔女の持つ聖剣フロッティは、我が一族が受け継ぐべきものだったのです」

「どういうことだ?」

「もうお分かりでしょう! 私がなぜスティマータなどという生物兵器を秘密裏に製造する知識と技術をもっているのか! それが、聖機兵に使われていること!」


 怒りに震えながら声を張り上げるアルフレッドの言葉に、リガルドは息を飲んだ。

 俄かには信じられなかったが、それが事実であればこの男が如何に危険な人物であるのか、そんな一族が皇族内部にまで入り込んでいたのだと驚愕する。


「まさか、お前の一族が……?」

「そうです。機兵を作り出したのは我が一族であり、そしてその技術を掠め取りスティマータなる悪魔を生み出し世に放ったのがあの魔女達なのです」


 想像もしなかったことだ。

 スティマータとは、自然発生的に現れた人類の天敵であったと教育されてきた。

 それはこの帝国に居る臣民全ての共通認識である。そして聖機兵とは、その脅威に立ち向かうべく生み出された人類の叡智の結晶であり救世主であると。

 それがまさか、田舎貴族の一族が作り出した兵器であり、たった一人の人間が生み出した悪魔だったなんて。何百年にも渡る歴史の真相が、そんな馬鹿げたものだとリガルドは信じられなかった。


「信じると思うのか? 俺はきさまのことなど蟲の毛ほども信用してはいない。ただ、きさまが持つ力を利用しているに過ぎないということはわかっているのだろうな?」

「勿論でございます。今はそれで構いません。しかし陛下! 必ずや、必ずや私の持つこの知識と技術、そして魔女に対する一族の憎悪があなた様のお力になると! 私はお約束いたします!」


 深々と頭を垂れるアルフレッドを見下ろしながらリガルドは思う。

 この男は信用ならないと。まだ何かを隠していると。それは直感であった。しかし確信でもあった。

己が覇道を成就する為に、今は必要な存在であるが、やがては障害に成り得る存在でもあると。

 相手も己を利用しているのだろう。それならばそれで構いはしない。

 互いに利用し合い、魂を食い潰し合ってもなお、リガルドは己が絶対的な皇であるという自信があった。


「わかった。今は貴様のその言葉を信じよう」

「ははあっ! ありがとうございます」

「それで、次の一手はどうする? 尖兵が全滅したということは、魔女に我々の存在も気づかれたということだろう?」

「それも想定内のことです。むしろ、魔女がのらりくらりと我々の侵攻を躱すのではなく、真っ向から応戦してくるとわかりました」

「つまり?」


 リガルドが問いかけると、アルフレッドは顔を上げてにやりと口元に笑みを浮かべた。


「こちらの最大戦力を持ち、討って出ようかと」


 それは、リガルドが待ち望んでいた言葉であった。

 封印の壁を施せし勇者の最も近い子孫であり、前大戦を生き抜いた伝説上の存在。

 七聖剣と呼ばれる伝説の英雄、最強の聖騎士と真っ向から勝負する時が訪れたのだ。



続く

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