其の七十七 人斬りの目に映るもの
聖騎士達の集う部屋の外、壁を背に扉を挟んで立つ男が二人。十郎太と沖田は、扉越しに聞こえるキャロルティナの言葉を聞いていた。
そうしてしばらく黙り込んでいたのだが沖田の方から口を開く。
「おまえさん、とっとと
その問いに十郎太はバツが悪そうに舌打ちをしてから、ボリボリと頭を掻き毟り答えた。
「てめえの知ったことかよ……」
「違いないね。でも、勇み足にならなくてよかったね。今レオンハルトを斬ってしまっていたら、あの子はおまえのことを許さなかったと思うよ」
沖田の言葉に再び黙り込む十郎太。
キャロルティナとカタリナに少し眠ると言ったあと、十郎太は天井裏を抜けると人目を避けながら屋敷の中を周っていた。
レオンハルトを殺るなら今しかないと、今やらなければ遺恨を残すと思った。
キャロルティナが、このまま怒りと悲しみと復讐心に囚われ続けるのは、不憫であると思ったのだ。
アトミータやアトラのことは己の失態が招いたことであるとそんな自責の念もあった。
だから、またとないこの好機を逃すまいと考えたのだ。しかし、それは余計な気遣いであったことを十郎太は知った。
この三か月の間、キャロルティナの一番傍に居たのは己であった。
初めは、なんとも愚かな考えを持つのかと、所詮は女子、子どもと侮っていた。
しかし、これほどまでに強く凛とした女に成長していたのかと、一番近くに居たのに気づかなかったのかと、十郎太は己の見る眼のなさを恥じていた。
なにも答えられない十郎太のことを鼻で笑うと沖田は続ける。
「まあ、そう簡単には斬らせなかったけどね」
「てめえ……」
「俺とおまえの因縁、とりあえずの決着は預けておくよ。今の話からすると、おそらくはこれから共闘することになるんだろうしね」
「誰がてめえなんかと組むかよ」
「つれないね。俺はおまえと剣を並べる事、少しは楽しみにしているんだぜ」
そう言うと沖田は飄々とその場を去っていった。
浅葱色の背中を見つめながら十郎太は舌打ちをする。
「ちっ……てめえの誠は、どこにあるんだよ……」
それは十郎太が、己自身に問い掛けた言葉であったのかもしれない。
*****
それから、レオンハルトはサーヴァインと共にすぐにカルデロン城を立った。
一刻も早く現状を把握する為に斥候を出すと、自分は一度、兵を置いているグリフォン領に戻り、準備を整えてから出立するとボルザックに伝えていた。
そしてゲルトも既に出立していた。
大軍で動くよりも一人で偵察に入った方が勝手がきくと、聖剣を持つゲルトであればその方が良いという事であった。
結局キャロルティナだけが城に残ることになり、これからどうするかをボルザック達と話し合うことになった。
昨日まで父の復讐を果たすことが目的だったキャロルティナは、この急転直下の事態に未だ困惑している部分もあった。
結局、仇であるレオンハルトに対して、恨み言の一つも言えずに別れることとなってしまったことを今更後悔していた。
気が付くとキャロルティナは大きな溜息を吐いていた。
「ど、どうしたのだキャロルティナ? やはり、不安ならばこの城に居ても良いのだぞ?」
ボルザックが心配そうにキャロルティナの顔を覗き込む。
円卓には、キャロルティナ、ボルザック、十郎太、カタリナ、そしてボルザックの私兵である兵長が着いて話し合いをしている。
心配そうにするボルザックやカタリナを余所に、十郎太は椅子の背もたれに凭れ掛かると伸びをしながら言う。
「大方、あの赤毛野郎を逃がしちまったことを今更後悔してんだろ」
「ジュ、ジューロータ様、なにもそんな言い方をしなくても……」
「けっ、どいつもこいつも辛気臭え面しやがって」
カタリナの言葉は無視して十郎太が睨みつけると、全員が俯いて黙り込むので益々雰囲気が悪くなった。
それを見て十郎太はキャロルティナに問いかける。
「で、どうすんだよ?」
「どうするとは?」
「おめえはこれから、どうするつもりだって聞いているんだよ」
「決まっている。私はあの少女の言うことを信じる。だから、リーンクラフト様の救援に」
「そうじゃねえっ!」
キャロルティナの言葉を遮り十郎太が声を荒げると、キャロルティナはビクリと肩を震わせて目を丸くした。
他の皆も、驚き焦るのだが、事の成り行きを黙って見守っている。
十郎太は立ち上がり円卓に手を突き前のめりになると、正面のキャロルティナのことを見据える。
「俺はてめえに、復讐を成し遂げる為にと雇われたんだ。だが、当の本人にその復讐を成す意思がねえと見える。報酬の話だっていつまでも引き伸ばされたままだ」
「ジュ、ジューロータ様、そんな話を今蒸し返さなくても」
「てめえは黙ってろカタリナっ! これは人斬りである俺とその雇い主の間の話だっ!」
凄まれると、カタリナはしゅんとなり縮こまってしまった。
十郎太が再びキャロルティナのことを睨みつけると、キャロルティナも十郎太のことを睨み返す。
その目は、己の不幸を嘆き、自分にはなにもできないと泣いてきた少女の目ではなかった。
力強い意志を持った目。己の大儀を見つけた者の目であった。
十郎太は知っていた。そしてそんな目をした男のことを思い出していた。
桂小五郎。
十郎太のことを拾い、暗殺者に育て上げたその男は、己が悲願を成さんが為に時には冷酷な一面も見せた。だが決して、大儀だけは見失わなかった。
そんな桂の目を、キャロルティナに見た十郎太は言葉を飲み込む。
すると、キャロルティナはゆっくりと立ち上がり十郎太に問いかけるのであった。
「ならば、私からも問おう。ジューロータ、其処許はどうしたいのだ?」
続く。
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