其の七十六 是非を問う前に

 剣が呼び合っている。四つの切っ先が向き合うように円になると、キャロルティナはそう思った。

 まるで導かれるように聖剣を持った者達が同じ場所に集い、そして自然と剣を抜いて互いの切っ先を合わせている。キャロルティナにとっては仇である筈のレオンハルトとも、一緒になってそうしているのに不思議と憎しみは沸いてこなかった。

 それ以上に溢れて来るのは危機感であった。

 聖剣がそう報せているのだ。パトラルカの時よりも、もっと絶望的な状況が差し迫っていると、そこにいる誰もが感じていた。


 先に口を開いたのはレオンハルトであった。


「皆、あの少女を見たのだな」


 レオンハルトの言葉に皆が黙ったままに頷く。

 キャロルティナも同様に頷くのだが、全員が同時に同じ物を見ていたことに驚きを隠せなかった。

 それに気が付いたレオンハルトが少し補足を加えた。


「あれはおそらく、魔術を駆使した一種のテレパシーのようなものだろう。彼女は幽体を飛ばしたと言っていた。幽体であれば同時多発的にああいったことが可能なのだと思う」


 誰もが、理解はできないが納得はできるといった所だった。

 さらにレオンハルトは続ける。


「彼女は、リーンクラフト様が危機的状況にあると言っていた」

「リーンクラフト様のことは話にしか聞いたことがない。どういった方なのか説明して」


 キャロルティナがそう言うと、レオンハルトは驚き目を丸くした。

 まさか彼女の方から話しかけて来るとは思わなかったのだ。私怨は置いて今の状況に向き合う彼女の強さを見て、少女と侮っていたことをレオンハルトは恥じた。


「リーンクラフト様は、七聖剣の中でも最古の一人であるお方だ。先の機兵大戦を経験されていると言えば理解できるかな」

「へえ、それじゃあ。とんでもないおばあさんじゃない」

「そうなるな。彼女は魔法使いだ。人智を超えた能力を使いこなす魔女だからこそ、皇帝陛下でさえも一目置く程の力をお持ちなのだ」


 魔法。


 その力を、本来の魔術を見た者はここにはいない。

 照明杖マジックロッドのような魔力を使った器具、それこそ機兵なんかが正にそうであるが、キャロルティナ達が普段目にしている魔道具は本来の魔法とは異なるものである。

 あれは魔力結晶石のような、魔力を宿した物質を媒介として使う道具であり、魔法ではないのだ。

 一説によると魔法使いは、その力を攻撃に利用すれば、人の身でありながら聖機兵をも凌駕する力を発揮するとさえ言われていた。


 レオンハルトの次に口を開いたのはサーヴァイン。


「彼女は、大魔法使いが一人、スティマータの脅威と戦っていると言っていた。魔女の森に住むと言われているリーンクラフトが、そう簡単に見つかるとは思えないが」

「そうだなサーヴァイン。しかし、現に弟子であると言う少女が幽体となり我々の前に現れ、そして聖剣がこうして共鳴しあっているのだ」


 そう、この聖剣の共鳴は、まるで剣が意思を持ち警鐘を鳴らしているようにキャロルティナも感じていた。

 そこで、それまで黙って聞いていたゲルトが口を開く。


「聖騎士の血を引かない俺が、貴殿らと同じように感じたのは、聖剣の能力によるものだろう」

「そうだ、前から不思議だったのだ! どうしてゲルトは、ボルザックおじさまのリジルを使いこなしているの?」


 その質問にゲルトは、ただボルザックに雇われ、与えられた剣が使えただけだと言うのだが、キャロルティナは納得できなかった。

 自分はずっと、聖剣とは、聖機兵とは、聖騎士の血を引く者が代々受け継ぐ者であり、他人には決して使いこなすことのできないものであると聞いて育ってきたからだ。

 しかし、ゲルトの説明を肯定したのはレオンハルトであった。


「キャロルティナ。聖剣も聖機兵も魔道具の、いや、魔導兵器の一つに過ぎない。血筋などは関係なく使うことは可能なのだ。勿論、それなりの才は必要にはなるが」

「そんな、じゃあどうして、聖騎士の血を引く者だけしか使えないと教えてきたの?」

「簡単な話だ。それだけ聖機兵と言う兵器が強大な力を有するからだ。それを持つ者はそれだけの義務と責任を負わなければならない」


 ボルザックには子がなかった。

 寄る年波を鑑みて、紆余曲折ありながらもきっと、ゲルトのことを信頼してリジルを託したのだろうとキャロルティナは思った。


 そして、レオンハルトは改めて、ミコットの救援要請を信じるかどうかを皆に問いかける。


「皇帝陛下にご報告している暇はない。霊体を飛ばして聖剣を持つ者にこうして救援を要請してきたのは、相当に危機的状況にあるのだと私は考える」


 その言葉にサーヴァインもゲルトも頷いた。

 そして、レオンハルトはキャロルティナのことを見るのだが、キャロルティナは俯き震えているようにも見えた。

 親の仇である自分と共闘することなど、我慢のできるものではないのだろうとレオンハルトはそう考えた。

 辛いのならここに残っても構わないと、そう彼女に言おうとしたその時。


「行くわっ! 私も行くっ! レオンハルト、あなたのことを許したわけじゃない。けれど、今はあなたのことを憎むべきなのかどうなのかもわからない。だから、だから私は全てをこの目で確かめたいの! お父様がなぜ死ななければならなかったのか。いいえお父様だけじゃない、お母様もサシャも、イルティナもアトラも、エスタフォンセの市民、パトラルカの騎士達、みんな、みんな、どうして死ななくてはならなかったのか。この世界のことを自分の目で確かめなくちゃならないのっ!」


 言いながらキャロルティナは涙を流していた。

 しかし、すぐにその涙を手で拭うとレオンハルトのことをキッっと見据えた。


 泣くのはこれで終わりだ。そんな決意をその瞳からは感じられた。


 悲しい運命に翻弄されるだけの少女であったキャロルティナが、立派な聖騎士へと成長していることにレオンハルトは、己もまた身の引き締まる思いであった。



 続く。

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