其の七十五 共鳴し合う刃(こころ)
ベッドにうつ伏せになると、キャロルティナは枕に顔を埋めた。
お日様の匂いと、ライラックの花の香りが懐かしかった。
幼少時、父がカルデロンに行くと言うと、自分も髭のおじさまに会いたいと駄々をこねてよくサシャを困らせていたことを思いだす。
ボルザックおじさまも、ダイアナおばさまも優しくて、周りにはいつも笑顔が絶えなかった。
どうしてこんなことになってしまったのか。
今このカルデロン城には、父も、母も、サシャも居ない。
ボルザックとダイアナにもあの日の笑顔はなく、とても悲しそうな顔をして自分のことを見つめてくる。
キャロルティナ自身もずっと泣いてばかりで、このお城の中のどこにも、あの日の面影は残っていなかった。
皆が口々に、父トーマスがスティマータをこの世に解き放とうとしたと言う。そしてそれは、母の為であったと言うのだ。
仇であるはずのレオンハルトは、父の凶行を止める為に止む無く手に掛けたのだと、仕方のなかったことだと言うのだ。
そんなことは到底受け入れられなかった。それでは、まるで父が罪人のようではないか。罪人である父が処刑されたのだと、そう言われているのと変わらなかった。
レオンハルトに罪はないと、仇ではないと言うのなら、自分はなんの為にここまで来たのか。大きな犠牲を払いながら、これまで何をやって来たというのか。キャロルティナは心の中で叫ぶ。
ふざけるな……。ふざけるなふざけるなふざけるなあっ!
「ふ……ざ……ける……な……。ジューロータ……あなたなら、どうするの? 教えて、ジューロータ」
いつしか声に出していた。そして、十郎太の名を呼んでいた。
あの男ならば、人の死と感情を切り離し、己のやるべきことそれのみを遂行する人斬りならどうするのか。
十郎太ならば、周りの人間の言うことになど耳を貸さずに、淡々と復讐を果たすのかもしれない。
本懐を遂げる為に成すべきことと、以前十郎太は言っていた。
キャロルティナは自問自答する。今、己は何をするべきなのか、何を望んでいるのか。
復讐? いや、違う。
レオンハルトへの復讐心は消えはしない。しかし、なにも知らないまま、真実をしらないままにそれを成したところで、果たしてそれは本当に復讐を成したと言えるのだろうか? それでは、ただ単に自分の鬱憤を怒りを晴らす為に、人の命を殺めるだけになってしまう。
大儀だ、人の命を奪うと言うのであれば、それに見合った大儀がなくてはならない。
レオンハルトにはそれがあった。
父トーマスの命を奪うに足る大儀、それは帝国を、帝国臣民達を守る為に、キャロルティナの幸せと引き換えにその大儀を遂行したのだ。
だから、キャロルティナは確かめなくてはならない。父とレオンハルトがなにを見て来たのか、なにをして来たのか。
そして、知らなければならない。レオンハルト・グレン・エルデナークと言う男が、どういう人間なのか。
遠い幼少期、記憶の中の青年。その優しい笑顔が薄れてしまう前に……。
「行こう……。行くんだ、エルデナークに。そしてこの目で確かめるんだ。封印の壁のことも、レオンハルトのことも。私自身の目で心で見極めるんだ! そして、その時は力を貸して……エッケザックス」
枕元にあった聖剣を手に取り引き抜こうとしたその時、キャロルティナは違和感を覚える。
「なに、これっ!?」
声を上げるとベッドから飛び降り辺りを見回した。
なにか、部屋全体がひんやりとしたような、妙な空気に覆われている。
まるでここだけ時が止まったような。そんな感覚を覚えると、急に押し寄せてくる目に見えない力。まるでダムに堰き止められていた水が決壊して流れ出すような。時間の流れが一気に身体に押し寄せるような感覚に捉われると、キャロルティナは悲鳴を上げた。
そして瞑っていた目を開けると、驚きの余り動けなくなる。
目の前には、見知らぬ少女が立っていた。
その少女はすぐそこに居るのに、なにか存在が希薄で、意識をそこに集中しなければすぐに見失ってしまいそうな。そんな風に思えて酷く不安になった。
しばらくすると、少女が語りかけてくる。
―― 聖剣を受け継ぎし勇者達よ。お聞きください ――
それはまるで脳に直接語りかけて来るようで、頭の中に鳴り響く声にキャロルティナは眩暈を覚えた。
―― 私はミコット。七聖剣が一人。3の剣フロッティを授かりし、大魔法使いリーンクラフト様の一番弟子にございます ――
大魔法使いリーンクラフト。名前だけは聞いたことがある。
七聖剣の一人でありながら爵位も授からず、森の奥で一人、なにをしているかもわからない聖騎士が居るという事を、小さい頃に聞かされた記憶があった。
―― 私は今、幽体となって聖剣をお持ちになられている勇者達に語りかけています。どうか、お聞きください。我が師、リーンクラフト様の危機をお救い下さい。師は一人で、スティマータの脅威と戦っています。どうか、すぐに…… ――
そこまで言うと、少女の姿は揺らめき掻き消えてしまった。
キャロルティナは暫く呆けていたのだが、我に返ると部屋を飛び出した。
わからなかったが、なぜかそこへ行くべきだと直感した。
昼間にレオンハルト達の居た部屋に駆け込むと、そこには三人の男達の姿があった。
5の剣、リジルを持つゲルト・シュナイダー。
2の剣、ミスティルテインを持つサーヴァイン・ルーク・バンデラス。
そして……1の剣、グラムを持つ。
「レオンハルト・グレン・エルデナーク」
呟くと、男達はキャロルティナの方へ向き直り、互いの聖剣を引き抜くのであった。
続く。
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