其の六十九 因縁の夜を越えて
剣を振り下ろそうとする直前、十郎太は手を止めた。
飛び掛かろうとする十郎太と剣士の間にキャロルティナが割って入ったからだ。
「なにをしているのだ!? 急に斬りかかるなんてどうかしているぞっ!」
「どけキャロルティナっ! これは俺と沖田の問題だ、おまえは関係ねえっ!!」
「オキタ? この剣士殿と其処許は知り合いなのか?」
キャロルティナは、尚も飛び掛かりそうになる十郎太の腕に縋り付き止めようとするのだが、いつになく怒りを露わに、いやこれは怒りと言うより憎しみを露わにしているその姿に、一体この二人の間には何があったのかと困惑した。
「とにかく落ち着け! ここをどこだと思っているんだ。カルデロン子爵様の居城だぞ、こんな所で刃傷沙汰など、許されないことだ!」
「知るか! てめえ、沖田! なんでてめえがここに居やがる、なんでキャロルティナと一緒に居やがるんだっ!」
その一部始終を黙って見ていた剣士は、剣の柄に掛けていた手を離すと、笑いを堪えきれないといった感じで肩を震わして話し始めた。
「くっくっく、いや、まさか……。はっはっはっ! 本当に、おまえもこの世界に来ていたとはなぁ“人斬り十郎”」
「てめええええ」
やはり、本当に沖田であったことを確認すると十郎太は、強引にキャロルティナのことを引き剥がして剣を構えた。
沖田も再び剣の柄に手を掛けると居合の構えを見せる。
一触即発の状態にキャロルティナはどうすることもできず、誰か助けを呼ぼうと考えるのだが、それでは間に合わない。自分がなんとかしなければならないと思ったその時、沖田が不思議そうな顔で十郎太に問いかけた。
「なんで抜かないんだい?」
「ああ? てめえの知ったことかよ!」
剣を鞘に収めたまま構えているので、沖田は不思議に思ったのだ。
なにかの作戦か、或いは術か、なんにせよ十郎太の考えがわからずに警戒するのだが、その疑問に答えたのはキャロルティナであった。
「ジューロータの剣は普段は抜けないのです。なにかこう、誰かを守ろうとした時にだけ抜くことができると、そしてその時にだけまるで魔剣の様な鋭さを発揮するんです」
「てめえ、この馬鹿! なんでバラすんだっ!」
「え? なにがだ? 言っちゃまずかったのか?」
剣が抜けないことを沖田にバラされた十郎太は激怒するのだが、当の本人はよくわからないと言った表情をしているので、呆れてしまった。
沖田はそんな二人のやりとりが可笑しくて、なにより、あの十郎太がこんなにも感情を露わにして、少女を相手にてんやわんやしている姿が可笑しかった。
「あっはっは、おまえ本当にあの不破十郎太か? 随分と変わったな。まあいいや、自由に剣を抜けないなんて、それは難儀なものだね」
「そうなんです。ですから剣士様、どうかここはあなた様も剣を収めて」
「それはできないね」
真剣と鞘刀ではまともな戦いにはならないだろうと言うキャロルティナの言葉を沖田は否定した。
「真剣ではなくとも、打たれれば骨は砕ける。それが手であれば剣を取りこぼす。剣が握れなければ戦うことはできない。命が危ういのはこちらも一緒なんだぜ?」
危ういと言いながらも、どこか楽しげな雰囲気の沖田にキャロルティナは戦慄する。
この男は、先程までの眉目秀麗な剣士とはまるで違うように見えた。
命を懸けた戦いの中に、その中にこそ己の生き甲斐があると喜んでいるように見えて、その姿は酷く歪んだものに見えたのだ。
「そういうことだキャロルティナ。俺はおまえに赤毛の男を斬るように依頼されたが、こいつと俺の因縁は関係ない話だ」
「しかし……。一体、其処許と彼はどういう関係なのだ?」
十郎太は沖田のことを睨みつけながら黙り込むのだが、小さく舌打ちをすると質問に答えた。
「俺は、あの男に胸を突かれて死んだのよ」
その答えにキャロルティナは眉を顰め怪訝顔をする。
胸を突かれて死んだ人間がなぜここに居るのか。て言うか、生きているではないかと突っ込みを入れようとして思い出す。
確かに、十郎太の胸には大きな古傷があることは知っていた。
それが、目の前に居る剣士によって付けられたものだと言うのなら、十郎太の怒りも納得できなくはない。
よくはわからないが、この二人は過去に因縁のある関係だったのだろう。ならば、なにも知らない自分が口を挟むべきではないとも思うのだが、やはりこの二人が今ここで決着をつける為に戦うのはなにかが違うような気がした。
「なんでてめえがここに居るのかはわからねえが、そんなことはもうどうでもいい。あの夜の決着、今ここでつけてやるぜ」
「拘るね、もう四年も前のことだぜ? まあいいや、俺にとってもそれが未練だったみたいだしな」
その言葉に十郎太の動きが止まった。
なにか、沖田の言っていることが理解できないといった様子で呆けている。
こんな隙はないと沖田は思うのだが、なぜ急に十郎太がそうなったのか気になり攻撃することも忘れて問いかけてしまった。
「なにか、おかしなことを言ったかな?」
「四年とは、どういうことだ?」
「はあ? 四年と言ったら四年間さ。俺とおまえが、あの池田屋襲撃のあった夜に戦い。おまえの胸を突いたあの夜、忽然と姿を消してからの期間だよ」
もう十郎太はわけがわからなかった。
そもそも、ここは一体どこなのだ。ずっと疑問に思っていたが、そんなことを考えている余裕もないくらいに、この三か月弱の間に色々なことがありすぎて失念していた。
一体自分は今どこに居て、なぜこのようなことになっているのか。
沖田ならばその答えを知っているのではないかと思い、気が付けば十郎太は沖田に向かって、今己が置かれている現状を話し始めているのであった。
続く。
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