其の六十八 人斬り再び
キャロルティナは、剣士から借りた剣を握ると目いっぱいに振り上げて一気に振り下ろす。それを見て剣士は口を大きく拡げて笑った。
「あっはっは、気前のいい素振りだ」
「むぅ、おかしかったですか?」
馬鹿にされたと思い少しむくれるキャロルティナであったが、剣士はすまないすまないと謝ると、剣の握り方を教えてくれた。
「こう、右手は鍔に引っ付けないで人差し指だけ軽く、あまり力まないように」
剣士の手が自分の手に触れると、キャロルティナはなんだか気恥ずかしくなり赤面するのだが、剣士はそれに気が付いたような様子もなく指南を続けていた。
遠目には美しくか細く見えた剣士は、やはり近くで見てもまるで女性と見紛うようであった。しかし、キャロルティナの手に触れるその手は、ゴツゴツとした武骨なもので、それは幾度となく剣を振り続けてきた紛れもない剣士の証であった。
まるで十郎太の手のようであると思い、なぜこんな時にそんなことを考えるのかと、キャロルティナは雑念を振り払うように頭を振った。
「それじゃあ教えた通りにやってみて、掛け声はなんでもいいよ。腹の底から目いっぱいだして振ってごらん」
言われた通りにやってみるキャロルティナ。
「やあっ!」
「もっと、腹に力を入れて」
「やああっ!」
「もっとだっ!」
「いやあああああっ!!」
数回振っただけなのに、気が付けばうっすらと額に汗をかき息も少し上がっていた。
手の平がジンジンと微かに痛む。それでも、この熱の籠った痛みが心地よくて、振り上げた剣の切っ先に見える空はとても青かった。
「どうだい?」
「はあっ、はあっ……なんだか、少し気分も晴れた気がします」
「そうだろう? 雑念を払うには素振りが一番さ。剣を振っている時だけは、世の中の煩わしい事全てを忘れられる。振り続けている内に己の身に宿る万能感は、いつしかその身が一振りの剣になったような気分にさせて、どんな苦難も斬り裂けるような気がするんだ」
剣士はキャロルティナから自分の剣を受けとりながら語る。
その眼はまるで少年のようにキラキラと輝いて見えたが、どこか儚げにも見えて、不思議な人だなとキャロルティナは思った。
剣士から借りた剣は、どことなくだが十郎太の物と似ているような気がした。
十郎太の物に比べれば少し細身だったが、それでもキャロルティナの細腕にはズシリと重く感じるものであり、こんな物を戦場で振り回していた十郎太の腕力がどれほどのものだったのかを思い知る。
「お嬢さんには少し重たかったかな?」
「そうですね、もう腕が限界です。こんな重い物を持って戦場を駆けるのは骨が折れそうです」
「ははは、そうだね。お嬢さんの持っている剣くらいがちょうどいいかもね。ちょっと見せてもらってもいいかな?」
聖剣を他人に持たせることに少し躊躇したが、断るのも悪い気がしたので、キャロルティナは鞘からエッケザックスを引き抜くと剣士に手渡した。
剣士はエッケザックスを右手に持つとそれを切っ先から柄の頭まで、まじまじと見て何か考えているように見える。
「あ、あの……なにか?」
「うーん、西洋刀のサーベル……いや、それよりも細身だね。片手剣か……。これは斬るよりも、突く方に適している剣だね」
そう言うと剣士はエッケザックスを左手に持ち替えて、肘を後ろへ引くように肩口に剣の柄を構える。剣先はほぼ顔の真横、そして一気にそれを前方へと突き出した。
瞬きする間に行われたその動作に、キャロルティナは茫然として声も出せなかった。
「こんな感じでどうかな? 俺の大っ嫌いな奴の考えた技なんだけどね。刀だと腹を地面と水平にするように構えるんだけど、この剣ならば……ってどうしたの?」
「い、いえ、その、速すぎてまるで見えなかったので」
剣士は不思議そうな顔をすると、そうかなと言ってニコリと笑うのであった。
*****
レオンハルトの話を聞き十郎太は考えあぐねていた。
少し頭を冷やしてくると、会談の場をカタリナに任せて部屋を出て廊下を歩いていると、ダイアナが駆け寄ってきた。
真相を知ったキャロルティナが飛び出して行ってしまった為に探していると聞いて、十郎太は本当に世話の焼ける娘だと厭きれるのだが、仕方なく探すことにした。
ダイアナは城の表門の方へ、十郎太は城の裏手にある庭の方を手分けして探すこととなった。
教えられたとおりに裏庭に出ると、椿の様な赤い花の付いた生垣が並んでいた。
「キャロルティナあっ!」
大声で名を呼ぶが返事はない。まあ、居たとしても返事をするとも限らないのだが。
十郎太が生垣の道を進んで行くと、丁度途切れる所に人の姿が見えた。
それが探している人物の姿であると気が付くと、大きく溜息を吐いてから歩を早める。そして、近づきながらキャロルティナの名を呼ぼうとしたその時、十郎太はそこにもう一人誰かが居ることに気が付いた。
袖口をダンダラ模様に白く染め抜いた浅葱色の羽織を着たその人物。
背中には誠の一文字。
その顔を忘れる筈もなかった。
気が付くと十郎太は鞘刀のまま剣を引き抜き、己の胸を貫いたその人物の名を叫び駆け出していた。
「沖田あああああああああああああああああああああっ!」
続く。
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