其の六十七 獅子身中の蟲

 皇室貴族に、敵の内偵が居る。


 レオンハルトの説明を聞いていた十郎太は、眉を顰めながら質問する。


「敵ってのはなんだ? 蟲のことか?」

「正確には違います。蟲は奴らの尖兵に過ぎません」

「奴ら? なるほどな。やはり蟲を操っている奴らがいるってことか」


 得心が行った様子の十郎太を見て、今度はカタリナが質問をした。


「どういう事ですか? ジューロータ様は、スティマータの裏に何者かが居ることをご存知だったのですか?」

「いや、確信はなかったがな。ここまでの道中で蟲共と何度か戦って気付いたことと。パトラルカでの戦いを見て不思議には思っていた」

「と、言いますと?」


 十郎太は無精ひげの生えた顎を擦りながら説明をする。

 ここまでの道中での蟲との交戦でいくつか引っ掛かっていたことがあった。

 まず蟲の基本行動は、捕食と繁殖、この二通りであることは誰もが知っていることだろう。生存の為の食事と、種の存続の為の繁殖、全ての生き物が行っていることだ。

 それとは別に、蟲との交戦でわかったことは、仲間が殺されるとその脅威を排除しようと行動することであった。更には、パトラルカでの蟲の取った戦術である。単なる蟲が、あんな消耗戦を取るなんてことがあるのだろうかと、不思議に思っていたのだ。

 これはつまり、蟲にも知能があるか、或いは裏で操っている者が居るのではないかと。


 そんな十郎太の疑問にレオンハルトが答える。


「それは、奴らに施されたプログラムです」

「ぷろぐらむぅ? なんだそりゃ」

「簡単に言ってしまえば、スティマータには事前にそういった命令が備わっていたという事です。ジューロータ殿の仰るように、スティマータには人間を捕食してエネルギー源とする機能と、繁殖機能が備わっています」

「えね……? 機能って言うのはどういうこった?」


 その質問にレオンハルトは、一瞬の間を置くとボルザックに視線を送り、ボルザックがゆっくり頷くとレオンハルトは十郎太の質問に答えた。


「我々はこの一年近くの間、封印の壁の調査と、スティマータの生態を調べてきました。そして、2か月前のエスタフォンセ・トワでの一件で判明したことがあります」


 それは、地下闘技場でのあの戦いの事であると十郎太はすぐに察した。

 ゲルトの方を見ると、黙ったままではいるが、間違いないと言った顔をしている。


「エスタフォンセの実験場に残っていたデータから判明したこと。それは、スティマータが聖機兵に極めて近い人工生命体の一種であるということです」


 皮肉にもそれは、キャロルティナの父の行っていた実験と研究から判明したことであった。

 その衝撃の事実に十郎太もカタリナも、まさに驚天動地と言った様子で言葉にならなかった。

 そして、そこまで黙って聞いていたサーヴァインが口を開く。


「我々は、おまえ達が破壊した闘技場の跡をくまなく調査した。その結果わかったことがある。なぜ、地下に爆発的にスティマータが増えたのか」

「そういや、あの脂ぎったおっさんも、あんな数が居るのはおかしいとか言っていたな。大方、雄と雌を間違えて一緒の檻に入れちまったんじゃねえのか?」

「いいや、これはスティマータの死骸と、聞き込みから推測したことだが、おそらく間違っていないことだ」


 勿体ぶるんじゃないと催促すると、今度はゲルトが続きを話し始めたので、誰かが纏めて話しやがれと十郎太は内心苛立った。


「蟲達は、雌雄のどちらかが欠ける状況に長期間置かれると、その中の一匹が性別を変えることにより繁殖機能を補うことができるのだ」

「もうわけがわかんねえ。雄が雌になったってのかよ?」

「その通りだ。蟲達を隔離していた闘技場の奥にその痕跡があった」


 十郎太は頭をぼりぼりと掻き毟ると、まるで理解ができないと舌打ちをして黙り込んでしまった。

 それを見ていたカタリナが、十郎太に代わってレオンハルトに質問をした。


「その、皇室貴族の中に内偵がいるという話は?」

「そうでした。少し話が脇道に逸れてしまいましたね。説明の通り、スティマータは人工的に作り出された兵器です。そして、それを作り出しているのが、我々の敵になります」


 スティマータを作り出している者がいる。カタリナはまさかと思うのだが、聖機兵のようなロストテクノロジーが存在し、そのテクノロジーをベースに機兵が生産されているのだ。自分達の知り得ない技術が存在していてもおかしくないと思った。


 すると、ちんぷんかんぷんな話をしていることに痺れを切らした十郎太が立ち上がり、円卓を強く叩いて声を張り上げた。


「わけのわからねえ話はそこまでだ! 要するにその貴族の中に内通者がいるってことだろうが、誰なんだっ!」


 十郎太の無礼極まりない行動に卒倒しそうになるカタリナ。そしてゲルトもやれやれと言った表情で溜息を吐いている。

 そんな様子を見てレオンハルトは少し可笑しくなるのだが、弛みそうになった口元を引き締めると鋭い視線で全員を見回して、最後に十郎太のことを見据えた。



「その男の名は、アルフレッド・ゲーダ・オルターガ。南東のポルタガを治めるオルターガ家の長男です」




 続く。

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