其の六十二 商談

 パトラルカを出て丸1日。ようやくカルデロン領へ入ると関所まで辿り着いたキャロルティナであったが、そこで思いも寄らない足止めを喰らっていた。


「いい加減にしてくれないか、パトラルカ領主発行の正式な通行証だぞ。これ以上何を待つ必要があるのだ」


 カタリナが関所の番人に詰め寄るのだが、相手は涼しい顔をして取り合ってはくれない。

 今しばらくここで待てと言われ続けて、既に一時間余りが経とうとしていた。

 苛立つカタリナと、それを不安気な様子で見守るキャロルティナであったが、十郎太はと言うと。馬車の荷台で横になり鼾をかいていた。

 それを横目で見ながら、いい気なもんだと思うキャロルティナであったが、街道の向こうから荷馬車が一台、近づいてきていることに気が付いた。


 馬車はキャロルティナ達の後ろにつけると、御者台から小太りのおっさんが降りてくる。

その姿にキャロルティナが声を上げそうになると、男の方が先に口を開いた。


「あいや!? これはこれはお嬢さん、お久しぶりです」

「え? あ……あー、ごきげんよう。いつぞやのエスタフォンセでは大変お世話になりました」

「いやいや! とんでもない。私は商人ですからね。あれも何かのご縁だと思えば、いつかは商売に繋がることもあるってものです。ところで、ジューローおじさまはどちらに? 姿が見えないようですが?」

「ああ、荷台で鼾をかいて寝ております。いい御身分ですよね。呆れてしまいます」


 言いながら番人に近づいて行く商人のおっさんは、擦れ違い際、キャロルティナにウィンクをしてみせた。


 エスタフォンセを出てすぐ、蟲に襲われた為にキャロルティナと十郎太は、商人のおっさんを逃がして蟲と交戦することになった。

 あれから約三週間弱である。商人のおっさんが無事逃げ延びていたことにキャロルティナは安堵するのと同時に、もう三度もこうして出会うことに、本当に何かしらの縁がある相手だなと思うのであった。


「なんだ、おまえの知り合いか?」

「ええ、パトラルカでは有名な貿易商のお嬢様でして。そちらの騎士の方は、パトラルカの?」


 おっさんの咄嗟の機転に気が付き、カタリナもそれに合わせる。


「そうだ。あなた方もパトラルカの現状をご存知であろう。領主、カミラ・リラ・パトラルカ子爵の命で、カルデロン卿にご援助を賜りたく。その為に、カルデロン卿とも面識のあるお嬢様をお連れしたのだ。私はその護衛で、荷台に居るのは下男だ」

「そうは言ってもねぇ。俺達もここに配属されて日が浅いから」

「ならば尚更の事、こんな所でお嬢様を足止めさせていたと知れたら、後で大目玉を喰らうくらいでは済まないぞ」


 カタリナの言葉に商人のおっさんは少し焦る。

 今はまだ相手が疑ってかかっている段階だ。ここでの脅し文句は余計に相手の態度を頑なにして、かえって話を進めづらくするだけである。

 もうこうなってしまっては仕方がないと、おっさんはあまり気が進まなかったが奥の手を使うことにした。


 おっさんは番人の肩に手を回すと少し離れた壁際に二人歩いて行った。

 キャロルティナ達には背を向けている為に、一体何をしているのかはわからないが、しばらくして二人は握手をするとおっさんだけが戻ってきた。


「通ってもいいそうですよ」


 その言葉にカタリナは驚き、なんで? といった表情で固まる。

 すると、何時の間に起きていたのか。荷台の上から十郎太が声を掛けてきた。


「買収したのか」

「お! お久しぶりです旦那。ご無事だったようでなによりです」

「おめえもな。まあ、あんまりやりすぎるなよ。あの手合いは癖になると際限がなくなるぞ」

「はてはて、なんのことやら。私はただ商談を纏めてきただけですよ」


 そういってウィンクしてくるおっさんのことを、十郎太は忌々しげに見つめるのであった。


 とにかく、関所はなんとか通過できたので、しばらく馬車を走らせると、宿屋街に入り休憩もとれそうだったので、そこで簡単な食事のできる店に入ることにした。


「それにしても。旦那方とは、つくづくご縁があるみたいで」

「おめえさんにとっては、とことん運のねえことだな」

「ジューロータ! そんな言い方はないだろう。本当にありがとうございます。もう、三度もあなたには助けていただいて、どうしてお礼をしていいのやら」


 申し訳なさそうにキャロルティナが頭を下げると、おっさんは少し困ったような顔をして笑った。そして、小声で言う。


「グリフォンのお嬢様の助けになれたのなら、光栄でございますよ」

「なんだ、気づいてたのかよ」


 素性がバレていたことに驚くキャロルティナを余所に、十郎太は余裕の表情でニヤリと口元に笑みを浮かべる。

 当然と言えば当然だ。自分が商売をしている土地の領主様の娘だ。顔を見知っているとまではいかないまでも、名前くらいは知っているだろう。目の前で何度も十郎太が呼んでいたのだ。嫌でも耳に入る。

 グリフォン領主が既に他界していることは、民衆達の間でもにわかに噂となっていた。そんな現状を鑑みれば、何かしらの理由があって、領主の娘がカルデロンへ助けを求めに行く道中だったのでは、と察しが付いたのだろう。


 すると、商人のおっさんはなにか言いたげにキャロルティナの方を見る。

 十郎太がそれを察して、言いたいことがあるのならハッキリ言えと促した。

 おっさんは、周りに注意を払うように目配せをした後にゆっくりと呟いた。



「ここに、カルデロンとは別の兵隊が入っているという話を小耳に挟みまして。お二人に関係のあることかは存じませんが、くれぐれもお気をつけてください」




 続く。

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