其の六十三 激情と不断
キャロルティナ一行は、宿屋街で商人のおっさんと別れて、カルデロンの城下町へと入っていた。
再び門番に足止めを喰らうのだが、今度は迎えがやって来るからと言われて仕方なく待つこととなる。
しばらくすると馬に乗った兵士が三人やってきて、その内の一人がゲルト・シュナイダーであることに気が付くと、キャロルティナはホッと息を吐いたのはいいが、十郎太の方はなんだかつまらないといった表情を見せた為に、カタリナは不思議に思うのであった。
「随分と、のんびりした旅をしてきたな」
「冗談はよせよ。てめえだって知ってんだろうが、ここまでの道中になにがあったのか」
ゲルトの言葉に十郎太は舌打ちをする。当然、パトラルカで何があったのか、その子細はカルデロンにも入ってきているだろう。
すると突然、キャロルティナに事情を聞いていたカタリナが声を上げた。
「ゲ、ゲルト・シュナイダーだとっ!? あ、あの悪名高い傭兵の?」
どうやらゲルトには、あまりよろしくない風評があるらしいと知り、十郎太はニヤリと笑った。
「あ、あの、ゲルトさん。すぐにでも、おじさま……カルデロン子爵様にお会いしたいのですが」
「わかっている。こちらもそのつもりで来たからな、ついてこい」
キャロルティナのことを一瞥すると、ゲルトは馬に跨りついてくるように言うのであった。
城下町を抜け、丘の上にある城門を抜けると、カルデロン城の敷地内へと入って行った。
馬車を止めると、ゲルトの後について城の中へと入って行く。
城と言ってもそこまで大きなものではない。
大戦が終わってから200年余り、他国との戦争も久しく、要所でもなければ城塞を構えるような必要性もない為に、あくまで住居としてのお城を構えているものであった。
それは、キャロルティナの住んでいたグリフォン城、それにカミラ・リラ・パトラルカの居城も同様であり、外部からの攻撃を想定していないものであった為に、スティマータの大群に苦戦した要因でもあった。
城内を進む途中、ゲルトはいつもの調子で抑揚のない喋り方で話しかけてくる。
「パトラルカの事情は、帝国全土に既に知れ渡っている。スティマータの大群を見事殲滅せしめたカミラ・リラ・パトラルカは、聖騎士の再来であると民衆達は喝采しているが、諸国の領主達にとっては、いつ自分達もスティマータの危機に晒されるかと気が気ではないだろうな」
「当然の考えだと思う。あれほどの大群、どうしてスティマータ達がまた溢れだしたのか。その原因がわからないことには、手の打ちようもない」
キャロルティナの返事に、ゲルトは何も反応しないまま、今度は十郎太に話しかけてきた。
「どうしてこれほどの時間が掛かった?」
「はあ? だから、キャロルティナのアホの所為で、蟲の駆除に付き合わされてたからだろうが。おかげでひでえ目にあった」
「誰がアホだ、誰が!」
「他人の事情になど首を突っ込まず、すぐにこちらに向かうべきだったな」
「俺はそう言ったんだよ……。だったなってどういう事だ?」
ゲルトの言い回しに怪訝顔で聞き返す十郎太。
すると、大きな二枚扉の部屋の前でゲルトが立ち止まる。ゲルトは扉の取っ手に手をかけると、振り返らずに言った。
「一足、来るのが遅かったな」
そして、ゲルトが扉を開けると、中で待っていた人物を見てキャロルティナの足が止まった。
十郎太は自分の前に居る彼女が止まった為に、早く中に入るように言うのだが、聞いていないのか立ち止まったままのキャロルティナ。
苛々しながら追い越そうと横に並び立った時に、キャロルティナがなにかをボソリと呟いた。
「なにか言ったか? よく聞き取れなかった」
「……れ」
「なんだよ? もっと大きな声で」
言いながらキャロルティナの顔を覗き込むと、真っ蒼な顔をしながら一点を見つめている。
その視線の先に居る人物に十郎太も目をやる。
冷たい目をした赤髪の青年。十郎太はその男の纏う気配に息を飲んだ。
これまでに人斬りとして、桂の命令で何人もの要人を斬って来た十郎太だからこそわかる感覚。若い頃には簡単な仕事ばかりを与えられていたが、ベテランともなってくると、とんでもない大物の暗殺を指示されることもあった。
いずれは国を動かすような、そういった才能、いや、天命とも言えるようなものを持つ者が放つ独特の気配。それを十郎太は今、目の前にいる青年から感じ取っていた。
「レオン……ハルト・グレン・エルデナーク……」
震える声で呟いたのはカタリナであった。
直後、キャロルティナが叫んだ。
「あの男を斬れ! ジューロータアアアアアアアアアアアアっ!!」
鬼神の如き形相でレオンハルトを睨みつけながら、悲鳴ともとれない声で叫ぶキャロルティナ。
目の前に居る男が父親の仇、レオンハルト・グレン・エルデナークであると、十郎太が理解するのには充分であった。
十郎太は迷う、仇敵が今目の前に居る。これはまたとない好機であった。
そしてその仇討の雇い主が斬れと言っている。武器は没収されずに、帯刀したままであった。レオンハルトの周りには側近と思える男が一人居るのみ。これだけのお膳立てがあれば、一足飛びで相手を斬り伏せた後に逃げることも容易い。
しかし、果たしてそれが可能なのだろうか?
レオンハルトと横に居る青髪の男は、二人とも帯刀していた。
そして青髪の若い男からも、ただならぬ気配を感じる。
ゲルトの存在も厄介であった。ここにレオンハルトが居るという事は、当然カルデロン子爵の客人として扱われている筈、そんな相手を斬ることをゲルトが許すわけがない。
なにより、あの男を斬ることが本当に正しい事なのか。キャロルティナにとって、それが最善の選択なのか。
十郎太は迷っていた。暗殺という仕事に於いて、雇い主の命令に初めて疑問を挟んでいることに、戸惑うのであった。
続く。
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