其の六十一 道半ば

 太陽が昇る前の早朝。

 身支度を終えるとキャロルティナは、少し湿った朝の空気を目いっぱいに吸い込んだ。

 十郎太の体力が回復するのを待つうちに、もう2週間もパトラルカに滞在してしまった。このままここに居ても構わないとカミラは言うのだが、やはり当初の目的、ボルザック・ド・カルデロン子爵の元へ向かう事を決めた。

 勿論、カミラのことを信用できないわけではなかった。ボルザックの元へ行くにはそれなりの理由もあった。父、トーマスと親交の深かったボルザックならば、約三か月前に父の身になにがあったのか、真実はわからないまでも何か手掛かりを得ることが出来ると考えたからだ。


「キャロルティナ、もし引き返したいと思ったなら、いつでも戻ってきて構わないのだからな」


 心配そうに言うカミラであったが、キャロルティナの表情を見て失言であったと思った。


「いいえカミラ様。国を捨てた時点で私には引き返す道はありません。必ずや私は、父の仇を討つと決めたんです」


 そう、新たに決意を口にするキャロルティナ。それでもカミラは、年端もいかない若い聖騎士が、復讐にその身をやつすことなどと思うのだが、もうこれ以上は言うまいと思うのであった。


 そんなやりとりをしていると、既に馬車の荷台に乗り込んでいた十郎太が声を掛けてくる。


「別れの挨拶はもういいだろう。いい加減出発しねえと日の出になっちまうぜ」

「ジューロータ殿も、大変世話になったな」

「お互い様だ、気にすんなよ」

「ふふ、キャロルティナのことを頼む」


 カミラは微笑すると荷台の上の十郎太に頭を下げるのであった。


「それでは! 参りましょおおおおっ!」


 御者台の上から大声を張り上げたのはカタリナであった。

 道中、十郎太だけでは心配であろうと、誰か一人随伴させようとカミラが言ってくれたのだ。

 そこで名乗りを上げたのがカタリナであった。最初は難色を示した十郎太であったが、カタリナの強い要望に押し切られて、結局は折れたのである。

 十郎太の鬼気迫る戦いぶりとその剣技に魅せられたカタリナが、十郎太に対して好意を寄せていることは誰の目から見ても明らかであり、キャロルティナの為と言うよりも十郎太の傍に居たいというのが見え見えなのが心配ではあったが、カタリナも剣の腕は確かなのは事実である。


「カ、カタリナのことも、よろしく頼む」


 カミラは面目ないと言う感じで項垂れるのだが、十郎太も一度承諾してしまったものは仕方がないと半ば諦め顔で頷くのであった。


 カタリナが馬に鞭を入れると、馬車がゆっくりと進み始める。

 遠ざかって行く馬車を見つめながらカミラは、この先キャロルティナ達の旅路が無事に終えることを神に祈る。


「復讐の先に辿り着く場所は……」



 そう呟くと、カミラは馬車に背を向けてゆっくりと歩き出すのであった。



 朝の新鮮な空気が眩しく、草原を翔ける風が心地よい。

 キャロルティナは遠い山の端を照らす朝陽を見つめながら、世界はこんなにも美しいものなのかと、己の心にもまだそんな風に思える感情が残っていることに安堵する。それと同時に、レオンハルトに対する復讐の炎が、消えてしまわないかと不安にもなった。

 

 街道からは少し外れた道を、しばらく走っているとカタリナが唐突に話し始めた。


「ところで、ずっと気になっていたのですが、ジューロータ様はどちらからいらした方なのですか?」

「なんだよ藪から棒に」


 カタリナの問い掛けに、十郎太はめんどくさそうに返事をすると横になる。その横でキャロルティナも興味津々に耳を傾けていた。いやむしろ、カタリナの人目も気にしない異性への強引なアタックに興味津々な様子であった。


「藪から棒にではございません、前々から思っていたのです。ジューロータ様のその剣。とても珍しいものだとお見受けします。片刃でまるで三日月の様に反っている剣など見たこともありません、どこの国で作っているものなのでしょうか?」

「日本って言う国だよ」

「ニッポン? 聞いたこともない国ですね」

「そうか、もしかしたらこっちにはねえのかもしれねえな」


 十郎太の言葉に小首を傾げるカタリナのことを見て、キャロルティナはクスリと笑った。


「キャロルティナ様はご存知なのですか?」

「さあな、聞いたこともない。なんでもその国では、天下を統一した将軍家の人間が15代にも渡って国を治めてきたらしい」

「それは立派な君主なのですね」

「いやいやそれが、異国の脅威に晒されてそれに屈服しようとする軟弱な君主を、ジューロータ達は粛清しようと反乱を起こしている最中らしい」

「それはまた。崇高な志をお持ちになられているのですね!」


 騎士が反乱分子に対して崇高な志を持っているなどと、恋は盲目とはよく言ったものであるとキャロルティナはゲンナリするのであった。

 キャロルティナの適当な説明に、突っ込むのも馬鹿らしいので十郎太は無視して一眠りしようと思うのだが、急に神妙な声色でカタリナが再び質問をしてきた。


「私も剣を握る者として、ジューロータ様のあの戦い振りを、スティマータ達を斬り伏せて行ったあの剣技に感嘆いたしました。一体どのような研鑽を重ねればあの様な……」


 言いながらカタリナの声に、妙な緊張感が混じり始めていることにキャロルティナは気が付く。十郎太はごろりと身を転がして二人に背を向けて寝入っているように見えたのだが、しばらく間を置いてカタリナの問い掛けに短く答えた。



「人を斬ることが、剣の腕を磨く一番の近道よ」



 十郎太の返事にカタリナは黙り込み、キャロルティナも何も言わないのであった。




 続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る