其の六十 魔力放射

「これが、機兵の動力源となる魔力結晶石だ。魔晶石と呼ぶ者もいるな」


 カミラがテーブルの上に置いた握り拳くらいの大きさのゴツゴツとした紫色の石を見て、キャロルティナは眉を顰める。


「こんな小さなもので……」

「まさか、これは使用済みの結晶石を砕いたものです。機兵に積んでいる物はこの数十倍の大きさにもなります」


 本当になんにも知らないのだなとファティアが呆れ顔で説明するので、キャロルティナが赤面すると、あまり意地悪をしてやるなとカミラが間に入るのであった。


 スティマータの大群との戦いを終えてから3日、ようやく平穏を取り戻しつつあるパトラルカ領は、これからは復興に向けて忙しくなる日々が続くだろうと、領主カミラを始め新しく騎士団長に任命されたファティアと頭を悩ましていた。


 スティマータとの戦闘の最中、命を落としたイルティナは、親族の元へと遺体が還された。

 キャロルティナが後から聞かされた話である。

 イルティナがパトラルカへ騎士として仕えることになったのは、彼女の生まれもっての素行が原因でもあったらしい。幼い頃から性に対して無頓着であり、酷く残虐な一面を見せることがあった彼女を、少しでも家から遠ざけようとしたのだろうと言う事であった。

 そしてあの後、アトミータは消息不明となっていた。

 妹アトラの遺体からは、首から上が切り離されており、彼女が持ち去った可能性があったため捜索したのだが、人手も足りない為に一両日も経たない内に切り上げられた。

 とにもかくにも、後味の悪いままに終わってしまった悪魔崇拝の一件も、自分の不徳の成すところだと、カミラがその責任を一身に背負おうとするのだが、それをまたカタリナに窘められて、これは騎士団全員が負うべき咎であるということで一応の決着をみたのであった。


 さて、話しは戻るが、機兵の原動力となる魔晶石の説明を、なぜキャロルティナが受けているのか。

 それは、先の女王スティマータとの戦いの際に、ファティアの乗る機兵がエッケザックスから検知した、魔力放射量の異常な高さに話しが及んだからであった。


「魔力放射とは、魔晶石から放たれる魔法運動が臨界点に達した時に放出されるものです」


 本当はもっと複雑な原理のものなのだが、ファティアが簡単にそう説明すると、すでに頭から煙を噴いてパンク寸前の状態になるキャロルティナ。


「な、なにを言っているのか、ぜんぜんわからない」

「ま、まあつまり、魔力を高出力で使うと出る、身体に良くないものだと思ってもらえればよいかと思います」


 その言葉にキャロルティナの顔色が曇る。それはつまり、十郎太が今も眠り続けていることの原因なのかと思ったのだ。


「それって、やっぱりジューロータは」

「案ずるな、ジューロータ殿が今も目覚めないのは単なる疲労によるものだ。連日に及ぶ身体を酷使した戦闘に加えて、慣れない聖機兵の操縦と、相当無理を押していたのだろう」


 カミラがフォローするのだが、それがかえってキャロルティナを落ち込ませることになっているとは気がつかないのであった。そのままファティアがまた淡々と説明を続ける。


「あの時、エッケザックスから検知された魔力放射の量は通常値の5倍近いものでした。通常、我々搭乗者は魔力放射による被曝を極力抑える為に、長時間連続して機兵へ搭乗する際には、被曝量のわかるようにこのような装備を身につけます」


 ファティアが胸元から出したのは、透明なガラス製の細い瓶に、青い液体が入っているものがペンダント状になっている物であった。


「今は青いこの液体が、魔力放射に晒されると次第に赤く変色していきます。被曝限界まで行くとそれが更に赤黒く、我々はその変化を見ながら機兵に登場しているのです」

「その、魔力放射に長く晒されるとどうなってしまうの?」


 キャロルティナの質問に、ファティアはカミラの方を見るのだが、話してやれと頷くので渋々ではあるが、真実を包み隠さず話すことにした。


「最初は身体の疲労や倦怠感などから始まります。やがて手の震えや眩暈などを感じ始めて、しまいには気を失う。それを繰り返す内に内臓機能などに支障をきたすようになり、最悪死に至ることも……」

「そんな……聖機兵がそんな危険なものだったなんて、誰も教えてくれなかった」


 愕然とするキャロルティナのことを、カミラは睨み付けるように見つめると厳しい口調で諭す。


「なんの代償もなしに手に入れられるほどに、簡単な力ではないという事だ。聖機兵とは、そんな両刃の剣であるということを忘れるな」


 厳しい言葉ではあったが、いずれは聖剣を受け継ぐキャロルティナのことを思ってのことであると、ファティアも、言われたキャロルティナ本人も真剣な眼差しで頷くと、突然背後から声が響いた。


「なぁるほどぉ。つまりは、己の命と引き換えに力を手に入れるってことか?」


 振り返ると、開け放たれたドアに凭れ掛かるように十郎太が立っていた。

 それを見て驚き立ち上がると十郎太の元へ駆け寄るキャロルティナ。


「な、なにをしているのだ其処許は! どこか不具合はあったりしないのか? 起き上がっても大丈夫なのか? 三日も寝通しだったのだぞ、わかっているのかあっ!」

「うるせえなぁ。たく……三日も寝てたのか、どおりで腹が減って目が覚めるわけだ。おまけに部屋を出ようとしたら、喧しい女がぎゃーぎゃーと喚き散らして大変だったんだぞ」


 うんざりした顔で十郎太が言うのをキャロルティナは首を傾げて聞いているのだが、廊下の向こうから十郎太の名を叫びながら走ってくるカタリナの姿を見て、なるほどと思うのであった。




 続く。

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