其の五十九 混迷極める世

 玉座に深く身を沈めながら、王は長い白髪の混じった髭を撫でて一つ溜息を吐いた。


「して? パトラルカは、落ちたのか?」


 ミルガルド帝国、第13代皇帝、ロンドメルド・ジョージ・ファウラス・ミルガルドは玉座の下に雁首を揃える諸侯たちに問いかけた。


「いえ、皇帝陛下。それが、スティマータに包囲されていたパトラルカですが、聖機兵の力を持ってそれを殲滅撃退したとの報せが今朝方入りまして」


 その報告に、先程よりも深く大きな溜息を吐くと、ミルガルド皇帝は肘掛けに凭れるような体勢になり忌々しげに呟いた。


「しぶとい小娘だ。アロンド……パトラルカに使いを出して、何故これほどまでに蟲の殲滅に時間が掛かったのか、領土及び、帝国にどれほどの損害が出たのか報告をさせろ」


 皇帝の命に深々と頭を下げるアロンドと呼ばれた騎士は、ここミルガルド帝国の第一皇子にして、皇位継承権者の一人である。

 今ここに集まっている十数名の男達は、全て皇帝の血縁者ばかりであった。


「それと、グリフォン領の件はどうなっている?」


 キャロルティナの父が領主を務めるグリフォン領、そこへ話が及ぶとざわざわとどよめきが起こった。

 皇帝はそれを見て眉を顰める。現状、グリフォン領主、トーマス・ベルデ・グリフォンがなにものかの手により謀殺されたことはわかっていたが、依然、それ以上の情報が入ってこないことにミルガルド皇帝は苛立っていた。


「ふぅ……これだけの雁首を揃えて、この2カ月の間、貴様らは何をしていたのだ? 帝国の情報網も落ちたものだな」


 呆れ果てる皇帝陛下の姿に、誰もが青褪め視線を明後日の方向へと泳がした。


 その時、玉座とは反対側、王の間の扉が大きな音を立てて開け放たれると、身長は180㎝を超えようかという大男が、鎧甲冑の音を鳴り響かせながら入ってきた。

 まるで炎のような赤い髪を、ライオンの鬣の様にたなびかせながら、大股で皇帝陛下の元へ歩み寄って行くと大声を張り上げる。


「どういうことですか皇帝陛下っ! この私がパトラルカへ赴けば、ものの数日でスティマータの奴ら目を皆殺しにできたと言うものをっ!」


 その不躾な態度に、その場に居た誰もが明らかに不快な態度を示す。

 皇帝は冷めた眼つきでこの無礼な男を見下ろしながら何も答えなかった。


「お答えください皇帝陛下……おやじっ! 帝国の領土を忌々しい蟲に蹂躙されるなど、パトラルカはやはりっ!」

「いい加減にしないかリガルド! 皇帝陛下に対しての無礼なその物言い許されるものではないぞっ!」


 アロンドがリガルドを叱責すると、他の皇子達からも非難の声があがる。

 しかし、リガルドと呼ばれた偉丈夫は、そんな声などどこ吹く風。涼しい顔をしながら兄弟達を一瞥すると鼻で笑い嘲笑する。


「貴様らも貴様らだ。帝国の血を引く者が戦場で武勲を上げようともせず、のうのうと民草から税金だけを巻き上げて、金の力で身を立てようなどと、とんだミルガルドの面汚しだっ!」

「大概にしておけよリガルド。皇帝陛下の御前で、帝国を侮辱するようなことを」


 もはや一触即発の状態であった。

 いくら皇族の皇子たちであったとしても、皇帝陛下の前でこのような不敬極まりない行為が許されるわけもない。その大元であるリガルドは当然の事、それと言い争いになったアロンド他数名の皇子達も処罰されてもおかしくない行為であった。


「もうよい、そこまでにしておけ愚か者共」


 辟易とした表情を浮かべると、皇帝は再び大きな溜息を吐きリガルドに問いかける。


「リガルド、諸侯達に無礼であろう。ここは、貴様の鬱憤を晴らす場ではないぞ、わきまえぬか。そこまで言うのなら貴様に命ずる。貴様は兵を率いて北方のエルデナーク領へ向かえ。ここ数カ月に及ぶスティマータ出現の原因を調査してこい」


 その命令に、その場にいた他の皇子達からクスクスと失笑が漏れる。

 皇帝陛下直々の命令であったが、要するにこれは体の良い左遷。素行の悪い皇子を辺境の地に追いやろうという魂胆であった。


 しかしリガルドはそれを理解していた。

 笑いたければ笑えばいい、いずれ吠え面をかくのは貴様らの方であると意に介さなかった。


 結局、リガルドが現れたことにより今回はここまでとなり、皇帝陛下が席を立つと、リガルドもその場を後にした。

 残された皇子達は口々にリガルドの陰口を叩きあい、これからの自分達の身の振り方を話し合うのであった。




 王の間を後にすると私室へ戻る道中、リガルドは後方から追いかけて来る男に声を掛けられた。


「リガルド皇子っ! お待ちくださいリガルド皇子!」


 それは、自分とは遠い縁戚にあたる。確か、南東にある領地の子息であった。

 結局名前を思い出せず、しかめっ面でその男を見ると、笑いながら名乗ってきた。


「ははは、しがない田舎貴族の私など覚えてはおりませんか。私は、南東のポルタガが領主、ヘンドリック・ギル・オルターガの息子、アルフレッド・ゲーダ・オルターガです」


 名乗られてもわからない。

 へらへらと媚びへつらう笑顔が染みついた顔に、リガルドは苛立ちを覚えるのだが、その男、アルフレッドの言い放った言葉に表情は一変するのであった。



「あなたが作られている例のおもちゃ。あれに私も、少し興味がありまして」




 続く。

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