其の五十八 長い長い夜が明けるのを
この土壇場で再び空を飛ぶことができた。
いや、これは、ほとんどエネルギーの暴走状態に近いエッケザックスを、十郎太が制御することができずにいるだけであった。
これで決めなければ終わりであると、機体に振り回されながらもなんとか敵に接近する。迫るエッケザックスに止めを刺そうとスティマータが大きな顎を開いた瞬間。十郎太は右手に持った鎖の先にある鉤爪を、その口の中へ拳ごと捻じ込んだ。
「蟲なら蟲らしく、地面を這いつくばってやがれええええええええっ!」
鎖を頭に捲きつけるとエッケザックスは急降下。最早、着地とは呼べない墜落に近い状態でスティマータと一緒に地面に激突すると、それを待っていたとばかりに城壁の上に並べられた大砲が一斉射された。
「撃てっ! 撃てえっ! ありったけの砲弾を撃ち込めえっ!」
カタリナが叫ぶのだが、最早聞こえている者はいないだろう。憎きスティマータの背中に、ありったけの怒りを籠めた砲弾が降り注いだ。
そして、全て撃ち終わると静寂が辺りを包み込む。土煙の舞い上がる城壁の外を見下ろしながら、その場に居た全員が息を飲んだ。
砲弾の雨をその身体に喰らったスティマータはまだ生きていた。
外骨格は砕け剥がれ落ち、無数にあった肢も散り散りになっていたが、まだもぞもぞと地面を這っている。
エッケザックスも無事であった。スティマータと繋がった鎖を握ったまま地面に突っ伏していたが、砲弾の巻き添えになった様子はなかった。
最早虫の息であると誰もが思い気を抜いたその時、スティマータの身体がぶるりと震えたのをキャロルティナは見逃さなかった。
「全員、身を屈めてなにかに隠れろおっ!」
キャロルティナが叫ぶのと同時、全身を大きく震わせたスティマータの裂けた傷口から体液が撒き散らされた。
酸で出来た血液の雨が降り注ぐのだが、間一髪キャロルティナの注意により全員無事であった。
「終わったのか?」
城壁から少し顔を出して覗き込んだカタリナは戦慄する。
スティマータは尚も息絶える事なく、満身創痍の身体を引き摺りながらエッケザックスの元へと這い寄ろうとしていた。
「なんという……生命力だ……」
最早、それ以外の言葉が出てこなかった。
あれだけのダメージを負いながら尚も生存し敵を殺そうとする殺戮本能を目の前にして、その光景を目にした誰もが思う。300年以上も前にあんな化け物を相手に生還した勇者達は、本当の聖騎士であったのであろうと。
「ジューロータああっ! 敵はまだ生きているぞ! 立てっ、立ち上がってそいつを斬れええええジューロータあああああっ!」
キャロルティナの叫び声に呼応するように、エッケザックスは再び動き出す。
最早スクラップ寸前の状態でありながらなんとか立ち上がり、剣を抜き構えようとするのだが、そこで膝を突き動かなくなった。
動力がすんすんと音を立てて止まると、エッケザックスの双眸は輝きを失い完全に停止した。
「そんな……ジューロータ! 逃げろ、逃げ……」
キャロルティナが堪らず、城壁を乗り越えて十郎太の助けに向かおうとするのを、カタリナが後ろから羽交い絞めにして止める。
「離してっ! 行かなきゃっ、このままじゃジューロータが殺されてしまうっ!」
「落ち着いてくださいキャロルティナ様っ! こんな所から飛び降りたらあなたが死んでしまいます!」
ファティアの乗る機兵も魔力切れで動くことはできなかった。
どうすることもできない、このまま放っておけば、その内あのスティマータも絶命するだろう。しかしその前に、エッケザックスは破壊され十郎太も殺されてしまうだろうと誰もが絶望したその時。
大きな機械音が辺りに響き渡る。それは機兵の走る音、ドスンドスンと大きく大地を揺らし、ガシャンガシャンと大地を踏みしめる巨人の足音が聞こえる。
水平線に昇る朝陽を背負うそのシルエットに、カタリナが歓喜の悲鳴を上げた。
「カミラ様ああああああああああっ!」
その場に居た騎士や市民から一斉に歓声が上がると、聖機兵ホヴズは大剣を担ぎ上げて跳躍。それをスティマータの頭の上へと振り下ろすのであった。
長い夜が明けた。
スティマータの脅威から解放された人々は安堵の表情を浮かべる。長く苦しい戦いと恐怖の日々からようやく解放されたのだ。
人々に自由をもたらした勝利であったが、大きな犠牲をはらってしまった。
カミラは凄惨な戦場の跡を見て顔を顰めると俯き唇を噛む。
「カタリナ……私のことを不甲斐ない領主だと思うか?」
「カミラ様……」
「皆が窮地に立たされている時に、私はその場にいなかった。領主である私が領民達を守ることをできなかったのだ……」
「それは違いますカミラ様、私達は大切なことをある方に教わりました」
カミラは顔を上げると、カタリナの視線を追う。
「国を、市民を、愛する人を、家族を、仲間を守るのに、家柄や血筋、女か男かなんて関係ないのです。皆が力を合わせてなにかを成そうすることが大事なんだと。だからカミラ様、お一人で全てを背負おうとしないでください。皆が、あなたの支えとなり、力となっているということを忘れないでください」
「カタリナ……」
カタリナの言葉に大きく頷くと、カミラはキャロルティナの方を見て目を細めた。
「知らない内に、立派な騎士になっていたのだな」
「そうですね、カミラ様」
こうして、パトラルカ領内における、スティマータとの長い戦いは幕を下ろすのであった。
続く。
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