其の五十六 蘇る人斬り
キャロルティナの言葉に奮起したパトラルカの女騎士団と市民達は、老若男女問わず立ち上がった。
貴賤などは関係ない、皆が力を合わせてこの危機を乗り越えようとしている。
士気は申し分ない、しかし相手がギガース級スティマータである以上、人の力だけではどうにもならない現実が重く伸し掛かった。
「とはいえ、どうするんだいお姫様?」
髭の偉丈夫がキャロルティナに問う。
戦術などというものを当然心得ていないキャロルティナは、考えてみるものの何も思いつかなかったのだが、そこでふと十郎太の言っていた言葉を思い出す。
「ソンシ……というのを御存知ですか?」
「知らねえな。異国の人物の名前ですかい?」
「ジューロータが言っていた。己より高い位置に居る敵とは戦うなと。それ程までに地の利とは勝敗を分ける重要な要因であると」
誰もがその言葉に眉を顰める。つまりは、空を飛ぶ敵を相手に、地上でしか戦えない自分達では太刀打ちできないということではないか。そう思うと誰もが、結局はスティマータを倒すことなんてできないではないかと暗い表情を見せる。
そんな皆の不安を察してか、カタリナが遠慮がちにではあるが、キャロルティナに進言する。
「魔力残量がわずかですが機兵があります。それでジューロータ様に加勢すれば少しは……」
カタリナの言葉を聞きながら、キャロルティナは城の外の景色をじっと見つめてなにかを考え込んでいた。
どうしたのかとカタリナが再び尋ねようとすると、キャロルティナは口に指を当てて少し黙るように言う。そして30秒ほど考えるとボソリと呟いた。
「だったら……こちらのテリトリーに引き摺り下ろせばいいんだ」
キャロルティナの視線の先にある物を見て、皆が息を飲むのであった。
*****
エッケザックスの上空、100メートル程のところを飛行しているスティマータ。
十郎太は見上げながら剣を構える。奴が己に止めを刺しに来る瞬間、そこが反撃できる最後の機会であると考えた。
その一瞬に全てを賭ける、肉を切らせて骨を断つしかない。こちらに来てからずっとそんな不利な状況ばかりが続いてきた。
相手を待ち伏せ、闇に乗じて斬るという暗殺稼業とは違い、身体を張る戦いばかりが続いている。
―― どがーに惨めな戦いでもしまいに生きちょったがもんの勝ちだ ――
ふと脳裏に浮かぶ言葉。
一度だけであるが、桂の知人の紹介で一緒に仕事をした男がいる。
その男は、酷い鈍りのある方言でなにを話しているかよくわからなかったが、土佐の坂本という郷士から大金を騙し取ってやったと、自慢げに話していたのを覚えている。その男が言っていた言葉だ。
男の仕事ぶりは、まるで出鱈目であった。斬る対象と揉みあいになりながら地面を転げ回り、しまいには拳で滅多打ちにして止めを刺すという、最早暗殺とは呼べない内容に十郎太は辟易としたのを覚えている。
しかし、最終的にはその男が勝ったのだ。どんなに惨めな戦いぶりであったとしても、対象を暗殺せしめたのだ。
「ふん、こちらに来てからというもの、よくよく昔のことを思い出しやがる」
満身創痍な状態で惨めな戦いを続けている。しかし、簡単に己の命を諦めらることはできなかった。
それは、人斬りであった己の矜持。しかし、それ以上に、今は絶対に死ぬわけにはいかない理由があるのだ。
キャロルティナの復讐を遂げるまでは、あの娘の為に己は死ぬわけにはいかないのだ。
「潔いのは侍だけでじゅうぶんよ。俺は、人斬りだっ! 斬って、斬って、斬って斬るまでよおっ! その先に死が待っているだけだっ! それまでは斬るのを止めたりはしねえっ!」
スティマータは威嚇するかのように背中のトサカを立ててガラガラガラと大きな音を鳴らした。
それに応えるようにエッケザックスの双眸が光ると、スティマータは一気に高度を下げて襲い掛かってくる。スティマータの牙がエッケザックスに喰い込む瞬間、十郎太は相手の頭に剣を突き立てようとしていた。
だが、それは叶わなかった。大きく顎を開けたスティマータの口の中から、もう一つの頭が飛び出してくる。まるで想定していなかった攻撃に、十郎太は面食らいそれを剣で受けてしまった。
次の瞬間、左手の方から横薙ぎに尻尾の攻撃を受けると、エッケザックスは地面を転がり城壁に衝突した。
最早大破寸前である。大きな衝撃を受けてどこかへぶつけたのか、十郎太は頭から血を流し、朦朧としながら赤く染まる視界の先に居る敵を見据える。
「まだだ、まだ死んでねえ、俺はまだ生きているぞ化け物おおおおおっ!」
その時、十郎太は目の端に何か光る文字の様なものが映るのに気が付いた。
「そんなことが……できるのか……」
己の脳裏に浮かぶイメージに十郎太は従う。
左手の脇にあるレバーを引き上げると、右手マニピュレーターにあるボタンを押しこんだ。
十郎太の操作で、ジェネレーターから魔力が一気に解放されると、エッケザックスの全身が淡い光を放ち始めるのであった。
続く。
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