其の五十五 騎士の誇り、その先にあるもの
被害状況の報告を受けるとカタリナは大きく嘆息し、周りを見渡し眉間に皺を寄せた。
スティマータの死骸は片付けられて人々がそこらに座り込んでいる。
自分達を守る為に命を落とした騎士の為に祈りを捧げる者もあった。夫の遺体に縋り付き悲鳴をあげる妻の姿。命のあることを神に感謝する者、様々であった。
そんな人々の姿を眺めながら、カタリナは固く握り込んだ拳を震わせた。
「私は騎士失格だ。騎士である私が生き残り、市民の中に犠牲者を出してしまった」
肩を落とし自分の不甲斐なさを嘆くのだが、背後から誰かが声を掛けてくる。
「騎士さん。あんたはその、よくやったと思うぜ。そ、その、なんて言うか、かっこよかったよ」
若い男が落ち込むカタリナを励まそうと声を掛けてきたのだが、なんだかソワソワと落ち着きのない様子であった。
その言葉にカタリナは礼を言いにこりと笑うのだが、その後もやはり浮かない顔であった。男はなんとかしてやりたい様子であったが、そこから結局なんて声を掛けていいのかわからず、意を決して肩を抱いてやろうとしたその時。
「誰かっ! 手を貸してくれっ! 誰でもいい、誰か助けてくれっ!」
キャロルティナが屋上へ行く階段から駆け下りてきた。
酷く焦った様子のキャロルティナの様子を見て、カタリナは駆け寄ると何事かと問いかけた。
「今、外ではジューロータが一人、女王スティマータと戦っている」
「な? あの黒い剣士様がですか? どうやって?」
「剣士様? ま、まあいい。そうだ、ジューロータは私のエッケザックスを操っているんだ」
いつの間にか何人かの騎士達も集まり、キャロルティナの話に耳を傾けていたのだが、そんなまさかと皆が眉を顰める。七聖剣の血を受け継いでいない者が聖機兵を操るなど聞いたこともなかったからだ。皆、リジルを操るゲルトを見た時のキャロルティナの様な反応なのだが、しかしグリフォンの姫がそう言っているのだから嘘ではないとも思った。
半信半疑ではあったがカタリナはキャロルティナに確認する。
「事情はわかりました。しかし、キャロルティナ様。我々に何をしろと? 聖機兵とギガース級スティマータの戦いに加勢しろと言われましても……」
最早、普通の人間の入り込める領域ではないと、誰もがカタリナの言葉に頷くのだが、キャロルティナは語気を強める。
「そうではない、そうではないんだ。戦う力がないことなんてわかっている。私には、ジューロータと共に並び立ち振るえる剣の腕もない。あなた達にだって、到底及ばないただのか弱い娘だということはわかっているんだ」
「そ、そんなこと。あなた様は、いずれは聖剣エッケザクスを受け継ぐ聖騎士の血を引く、由緒正しい……」
「違うっ! 七聖剣の血を引いているだとか、貴族であるとか、騎士であるとか、そんなことを言っているのではないんだ。そんな、そんな肩書きで戦ってくれと言っているのではないんだ」
キャロルティナの言わんとしていることがわからずにカタリナは首を捻る。そこに居た誰もが眉を顰めるのだが、近くで聞いていた偉丈夫然とした中年男性が、立派に蓄えた顎髭を撫でながら声を上げた。
「グリフォンのお姫様。あんたの言いたいことわかるぜ。要するにだ、逃げるなってことだろ?」
髭のおっさんは、真っ白な歯を剥き出しにてニカっと笑い、キャロルティナに向かって親指を立てた。
キャロルティナはそれに笑顔で答えると、神妙な面持ちになり皆に頭を下げた。
「そうだ、私はずっと逃げてきた。現実を知らずに、上辺だけの平和な世界がこの世の全てだと思って生きてきた。でも、そんな平和な世界の裏側には、想像もしないような残酷な世界があった。そんな世界で無辜の命が沢山失われていっていたんだ」
言いながらキャロルティナは更に深く頭を下げて懇願する。
「情けない話だが私には、そんな人々を救う力がない。だからお願い。力を貸してください。ジューロータを助ける為に、皆さんの力を、知恵を、私に貸してください」
民を守る立場にある貴族が、その民に頭を下げて助けを乞うている。こんな情けない話があるだろうか、前代未聞であった。きっと皆、呆れ果てているかもしれない。いざという時に市民を救えない貴族になんの意味があるんだと憤慨しているかもしれない。それでも、今はこうするしかないんだ。神に祈り、奇跡を待っていた所で誰も救うことなんてできないんだと、キャロルティナは己の心に強く刻んだ。
しばらく静寂が辺りを包むのだが、パチパチと遠くから小さな拍手が聞こえてきた。
「よく言った! なんだか、もやもやした気分が晴れる思いだぜお嬢さんっ!」
「おうっ、最高の気分だ。聖騎士のお姫様が、平民の俺達に力を貸してくれと仰ってくれてんだ。こんな名誉があるかよっ!」
「やってやろうぜっ! なんだってするぜ、こんな時をずっと待っていたんだっ!」
次第に大きくなる拍手の渦、そして市民の間から歓声が巻き起こるとキャロルティナは顔を上げた。
「ありがとう。皆、ありがとうっ!」
その眼に涙はなかった。力強く、前を見据える、自信に満ち溢れたキャロルティナの姿を前に、カタリナは、この娘はいずれ立派な聖騎士になるであろうと予感する。
そしてカタリナがキャロルティナの前で膝を突くと、他の騎士達も整列しそれに倣うのであった。
続く。
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