其の五十四 絶体絶命
全身にぽつぽつと水玉の様に、赤黒く変色した装甲から煙を上げているエッケザックス。
スティマータのばら撒いた卵の中身、その液体は聖機兵の魔法障壁を越えて、本体に直接ダメージを与えることを可能としていた。
剣を地面に突き立てて片膝を突くエッケザックスの姿にキャロルティナは、相手にしているスティマータがこれまでにない強敵であると危機感を覚えた。
「ジューロータ、立てジューロータあっ! 次が来るぞおっ!」
呼びかけるのだが、返事はおろか身動きすらなかった。
そうこうしている内に敵の追撃が始まる。新たに産み落とした卵が、スティマータの肛門の近くに葡萄の房の様になると、小型のスティマータが這い出してきた。それらが一斉に地上に降りてくると動かないエッケザックスへと群がって行った。
小型のスティマータ達の攻撃で、酸で溶かされ脆くなっている装甲が次々と破壊されていく。するとエッケザックスは手足の関節部から、ギシギシ音を立て動き始めた。
十郎太はエッケザックスの軋む機体を、いや、今は己の肉体でもある。エッケザックスの受ける熱さと痛みに耐えながら、十郎太は軋む身体をなんとか制御していた。
その姿はキャロルティナの目から見ても精彩を欠く動きであった。最初の空を飛んだ動きこそ良かったものの、それ以降の動きはこれまでの十郎太の戦いぶりに比べると明らかにおかしなものであった。
「まさか、まだ薬が抜けきっていないの?」
十郎太は地下に連れて行かれる際に、薬を嗅がされて意識が朦朧とした状態であった。
手の平に自ら打ち込んだ釘の痛みで、なんとか気を失わないようにしていたものの、まだその薬の影響が残っていたのだろう。
小型のスティマータ達をなんとかやっとの動きで蹴散らすと、エッケザックスは上空のスティマータを見上げるのだが、再び飛び上がろうとはしなかった。
おそらく十郎太がそれを出来るような状態にないとキャロルティナは察する。高度を下げてきていたスティマータの攻撃が、エッケザックスに襲い掛かり機体が地面を転がると、甲高い金属音が鳴り響き左腕がへし折れた。
「そんな、バカな……聖機兵がこうも無残に……」
無敵の強さを誇っていた聖機兵がこんなにも簡単にスクラップと化していく姿に、キャロルティナは恐怖を覚えた。
聖機兵でも相手にならない化け物を一体どうやって倒せと言うのか。十郎太は成す術もない状態、カミラもどうなってしまったのかわからない、こんな絶望的な状況をどうすれば良いのか、跪き震えながら神に祈った。
「神よ……どうか……」
キャロルティナは祈りを捧げる途中で言葉を止める。握った両手を離し、きつく握り拳を作ると立ち上がり駆け出した。
「違う、神様に祈ったってジューロータは助からない、民だって救えないっ、誰も救えやしないんだっ! 私がやらなきゃ、私自身がジューロータを助けなきゃいけないんだっ!」
弱い己ができることなんてなにもないかもしれない、しかし神頼みでは誰も救えやしないことを、この2カ月の出来事で嫌という程思い知らされてきたキャロルティナ。だからこそ行動しなくてはと、そんな思いが彼女を突き動かしているのであった。
十郎太はやはり無謀な戦いであったと後悔していた。
しかし諦めたわけでもない。暗殺を生業としてきた身に染みついた性である。死ぬまで足掻きもがき続ける。窮地に立たされたからといって、簡単に己の命を諦められる者に、命を懸けて命を奪うことなど出来やしないからだ。
「潔いのは侍だけでじゅうぶんよ。俺は、人斬りだっ! 斬って、斬って、斬って斬るまでよおっ! その先に死が待っているだけだっ! それまでは斬るのを止めたりはしねえっ!」
叫びながら重い身体を引き摺り立ち上がる。なんとか意識を集中して風を操らない事には勝機はない、しかしゲルトが簡単に雷を操るように、そう上手くはいかなかった。
結局空を飛べたのは最初だけ、それ以降は試そうとはしたものの上手くイメージができなかった。
エッケザックスの動きが鈍いのを見てスティマータは、卵を産み落とさずに直接止めを刺そうと高度を下げてきていた。
勝機はそこにしかないと十郎太は集中する。敵の直接攻撃が届くということは、己の攻撃も届くということ、その一瞬に賭けるしかない、そこで反撃できなければあとは死が待つだけであった。
「さあきやがれぇ、度肝を抜いてやるぜぇ」
ゆらゆらと身体を蛇行させながら降りてくるスティマータのことを見据えながら、十郎太もゆっくりと剣を構える。左腕はへし折れている為、右手で剣を持ち上げるとそれを肩に担ぎ、大股を開くとどっしり腰を落とした。
尚もゆっくりと降りてくるスティマータは、エッケザックスの頭の上百メートルほどで降下を止める。そして、二周ほど旋回をすると威嚇するかのように背中のトサカを立ててガラガラガラと大きな音を鳴らした。
それに応えるようにエッケザックスの双眸が光ると、スティマータは一気に高度を下げて襲い掛かってくるのであった。
続く。
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