其の五十三 天翔ける機兵

 遥か上空を旋回する女王スティマータを見上げると、十郎太は舌打ちをして剣を抜いた。


「ちっ、本当に空を飛んでやがる」

「ジューロータ、ここでエッケザックスを呼び出すのか? カミラ様も居ないのに、其処許一人で戦うつもりか?」


 心配そうな顔で見上げるキャロルティナのことを、鼻で笑うと十郎太はしたり顔で答えた。


「敵が城の真上に居るってのに、ここに居ねえってことはもうとっくにおっ死んじまってるか、逃げ出したかのどちらかだろう」

「そ、そんなこと、カミラ様に限ってありえない」

「なんにしても、この場に居ねえ奴の力なんざ当てにしたってなんの意味もねえって話だ。いいからおまえも剣を構えろ、早くしねえとあの野郎のケツに付いてる卵が孵っちまうぜ」

「野郎ではなくて雌だろうが……」


 ぶつくさと言いながら聖剣を引き抜くとキャロルティナは、聖機兵エッケザックスを召喚する呪文詠唱を始める。


「顕現せよっ! 聖機兵エッケザックスっ!」


 同時に十郎太が城の屋上から飛び降りた。

 キャロルティナは十郎太が身投げをしたと驚くのだが、下を覗き込むと空中に斬り裂かれた空間の中から黒い聖機兵が飛び出すと、既に開かれていたコクピットに十郎太が滑り込んでそのまま轟音を立てて地上へと着地した。



 大量の土煙が巻き上がる中、エッケザックスの姿が見えない為に、まさか壊れてしまったのではないかとキャロルティナは心配になった。

 しかし、微かに風を感じた瞬間、見下ろす真下から突風が吹き上げる。キャロルティナは目を瞑り小さく悲鳴を上げると後ろに尻餅をついてしまうのだが、ゆっくりと目を開けるとその光景に息を飲んだ。


 まるで風が、旋風を描きエッケザックスに纏わりついているように見える。又は大きな竜巻の中心にエッケザックスが居るようにも見えた。

 もうなんでも構わない、とにかくエッケザックスが空を飛んでいるのだ。

 風を操り、土煙を吹き飛ばしながら凄まじい勢いで上昇していくエッケザックスを見上げながら、キャロルティナは十郎太の無事を祈るのであった。




 十郎太は今にも気を失いそうになるのを、歯を食いしばり足を踏ん張って必死に堪えていた。

 エッケザックスは音速に近い速度で飛行していた。

 自分の身に感じるこの重圧を十郎太には理解できなかった。

 これは、まるでジェットエンジンで飛行する戦闘機のように飛行し機動している為に掛かる“G”であるが、それを耐Gスーツもなしに堪えているのだから、身体に掛かる負担は相当のものであった。


 一気にスティマータを追い越し更に上空まで行くと、十郎太はそのままエッケザックスの頭を真下に向けて急降下する。

 エッケザックスの行方を追っていたスティマータも、頭を上に向けて見上げていたのだが、擦れ違いざまに剣がその頭を縦に斬り裂いた。

 スティマータは空中でのた打ち回り、顔面から血を撒き散らすのだが、それが地面と城壁に降り注いだ時に、真っ黒な煙を上げて溶かし始めた。


「ジューロータあああっ! 無闇にそいつを切るな! 血が酸のようになにもかもを溶かしてしまうぞっ!」


 キャロルティナの声は十郎太には届いていないのだが、城の屋上でなにやらあたふたと逃げ回っている姿が見えたので十郎太は舌打ちをした。


「あの馬鹿が、早く城の中に隠れやがれ」


 その瞬間、背中に強い衝撃を受ける。

 スティマータの蛇の様に長い身体の尻尾の方が、丁度十郎太の視覚外から叩きつけれたのだ。

大きな丸太で殴られたような衝撃を自分の身にも感じて、十郎太は息が詰まり機体を制御できなくなると地上へと墜落した。

 これまで何度かこのエッケザックスに乗り、スティマータと戦ってきた十郎太であったが、これといった苦戦をすることもなかった為に知らなかったが、聖機兵がダメージを受けると己の身にも同じような痛みと感触があることに初めて気が付いた。

 神経を繋ぎ機兵と一体になっているので当然であるが、この奇妙な感覚に十郎太は今しばらく慣れるのに時間が掛かるなと思う。


 1000メートル近い上空から落下したのだ。普通の人間であれば当然死んでいるが、今の十郎太は普通の人間ではない。スティマータの攻撃を跳ね返す装甲を持つ聖機兵と一体になっている。更に聖機兵の身体には、目には見えないが魔法障壁と呼ばれる魔力の壁の様なものが展開されている為に、並の攻撃ならばビクともしない頑強さを誇っているのだ。


 十郎太は、くらくらする頭を振ると、再び上を見上げて飛ぼうとしたその時、スティマータが尻に付いていた卵をエッケザックスの頭の上から投下してきた。


「そんなものがっ!」


 エッケザックが剣で卵を斬り裂くと中の液体が飛び散った。

 すると装甲に点々とかかった液体が音を立てて煙を上げ始める。液体のかかった右腕と肩の辺りに十郎太は灸を押し付けられた熱さを感じた。


「まさか……こいつは……酸か?」


 見上げた瞬間、無数の卵がエッケザックスの真上から投下されているのであった。




 続く。

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