其の五十二 起死回生
妹の亡骸に縋り付くアトミータに、なんて声をかければよいのかわからず、キャロルティナはただ立ち尽くしていた。
姉妹の様に仲の良かった幼馴染の死を前に、なぜこのような不幸が立て続けに降りかかるのかと、涙を流すこともできずに居た。
その横で十郎太も悔しさを滲ませる。今回のことは全て、己の行動が後手後手に回ったが為に起こってしまったことであると。そして思う、この世界では、向こうで人斬りであった頃のように、人の死に対して無関心ではいられないと、キャロルティナと共に行動するということは、彼女を取り巻く全ての命に向き合わなければならないのだと、十郎太は今回のことで思い知った。
しかし、今は悔やんでいる時ではない。ここに蟲が侵入して来たということは、地上にも居るということ。つまりは城の敷地内に蟲が侵入してきたと考えられた。
「キャロルティナ、上が気になる。心中察するが今は放って行く他に仕方のない事だ」
「うん、わかった……」
後ろ髪を引かれる思いであったが、キャロルティナは振り返り十郎太の後を追おうとしたその時、背後から怒声が響いた。
「おまえらの所為だっ! イルティナが死んだのもっ、妹が死んだのもっ! 全部おまえらがここへ来たからだっ! なんでこんなことに……絶対に許さない! キャロルティナあっ! おまえと黒い剣士、おまえら二人を絶対に許さないっ!」
アトミータの憎悪を孕んだ言葉を背中に受けながら、キャロルティナは黙って地上へと向かうのであった。
*****
スティマータと騎士団との戦いは続いていた。
機兵を前衛に、城内への侵入を防ごうとするのだが、動きが鈍くなってきていた。
『カタリナっ! 魔力残量が残り僅かだ、もう数分もしない内に動けなくなるっ!』
機兵の
現存兵力では、機兵のみがスティマータに対して優位であった。しかしそれも燃料切れ寸前、動力源である魔力が底を突いた時点で、単なる鉄の塊と化してしまう。
倒しても倒しても、次から次へと湧いて出て来るスティマータを前に最早打つ手はなかった。
既に三分の一の仲間達が犠牲になっている。甲冑を毟り取られ、肉を貪り喰われるかつての同僚の変わり果てた姿に、そこに居る誰しもの心が折れそうになる。それを見てカタリナが声を上げる。
「だが、ここで諦めるわけにはいかない。全員、城内へ撤退! ファティアも機兵を捨てろっ! 籠城戦だ、カミラ様が戻るまで市民の犠牲者を絶対に出すなっ!」
カタリナの合図で騎士達が一斉に駆け出すと、城壁から大砲の斉射がスティマータ達を蹴散らした。
それでも、すぐに上空から投下されるスティマータの軍隊。
既に城内に侵入していたスティマータを駆除しながら、カタリナは騎士団を引き連れて、散り散りに避難していた市民達に、最上階の奥の間へ行くようにと大声を上げ指示を出しながら階段を駆け上がって行く。
全員が避難を終えたかの確認をしている余裕はなかった。大方の市民が避難を終えたところで、調度品などを積み上げて急ごしらえのバリケードを作ると、槍兵を最前に横隊を組んだ。
しばらくの静寂が辺りを包み込む。全員が固唾を飲み緊張が走ると、一本道である廊下の向こう、積み上げたバリケードがみしみしと軋み始めた。
隙間から覗くスティマータ達のひしめき合う姿に誰かがぽつり零した。
「もう駄目よ……。皆殺される、皆あいつらに蹂躙されて、食い殺されてしまうのよ」
誰も否定しなかった。その言葉に恐怖が次々と伝染していく、誰もが武器を放り出してその場から逃げ出したいと思った。
バリケードが破壊されていく音が鳴り響く、もうすぐにでも決壊してしまう。そう思うと遂に堪えきれなくなり誰からともなく逃げ出していた。
「お願いっ! 扉を開けてっ! 死にたくない、中に入れてっ!」
「もう沢山よっ! どうして私達だけがこんな目に遭わないといけないの?」
「誰か助けてよっ! スティマータに食べられて死ぬのなんて嫌ああああっ!」
市民達の逃げ込んだ部屋の扉を叩き、中に入れるように懇願する騎士達。それをなんとか宥めようとするカタリナであるが、こうなってしまってはもう止めることは出来なかった。
カタリナ自身も同じ思いであった。本当なら全てを投げ出して逃げてしまいたかった。
ここに残っているのは最早、騎士とは謂えども年端もいかない少女ばかりがほとんどであった。中には騎士としての務めを全うしようと、剣を構えて敵を迎え撃とうとしているものも居る。しかし、あまりにも多勢に無勢、こんなのは最早戦術と呼べないただの無駄な足掻きだった。
「みんな、落ち着け……。隊列を組んで……頼む……嫌だ……怖いよ……助けて、お母様ぁ」
カタリナがその場でへたり込んでしまうと、バリケードの崩壊する音が鳴り響きスティマータ達が雪崩れ込んできた。
騎士達が悲鳴を上げるのと同時、部屋の扉が開け放たれる。カタリナはその光景を唖然としながら見つめていた。
中から飛び出してきた男衆が、武器を、盾を手に取り。女子供を庇うように、スティマータ達の前面へと立つ。
武器を手に取り戦う男達の姿に、カタリナは言葉にならなかった。
茫然とするカタリナの目からはいつの間にか涙が溢れてきていた。
「うちの嫁を、ガキを、俺が守らなくて誰が守るってんだよっ!」
「そうだっ! 俺達男だって、武器を手に取って戦えるんだっ!」
そんな男達の勇士に、女騎士達も勇気付けられ士気を取り戻す。再び武器を手に立ち上がると男衆と協力してスティマータを迎え撃った。
カタリナも剣を手にすると再び立ち上がるのだが、その時、スティマータの群れの後方から大量の血飛沫が上がるのが見えた。同時になにやら雄叫びをあげながら、蟲の群れを割って進んでくる者が居る。
「おらおらおらああああっ! どけえええ雑魚共がああああっ!」
「ジューロータ、あそこだっ! 市民達は無事だぞっ!」
一振りで数匹のスティマータを斬り裂く、恐ろしい程の腕をもった黒い剣士とその後をついて来る金髪の少女の姿に、カタリナは今目の前で起こっていることが理解できなかった。
十郎太が粗方の蟲を蹴散らすと、優勢になった男衆と女騎士達は残りの蟲を駆除して行った。
カタリナは震える足で十郎太に近づいて行くと問いかける。
「お、おまえは、一体、何者だ?」
「そんなことはどうでもいいっ! 上のでかい蟲を殺る、天井に出る道を教えろっ!」
詰め寄る十郎太の気迫にカタリナは短い悲鳴を上げると、屋上へ行く階段を指差した。
「ジューロータ! 屋上でなにをするのだ!?」
「決まっているだろう、大将首を獲りにいくのよっ!」
嵐の様に去って行った十郎太とキャロルティナの後ろ姿を見ながら、その場に居た誰もが、あれは一体なんだったのだと思うのであった。
続く。
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