其の四十八 アウトブレイク

 カミラは体力の限界が来る前に決着をつけようと、敵陣のど真ん中、中央へ特攻をかけ、ホヴズの魔力を最大出力まで引き上げる一撃で勝負を決しようと考えた。

 聖機兵の纏う魔力障壁であれば、有象無象のスティマータの攻撃など取るに足らない。障壁を越えて装甲まで届かせることさえ出来ないのだから、恐れるに足らずと突進した。

 大剣を振り回しながら雑魚を蹴散らす、ギガース級の大型スティマータは相手にせずに敵の中へと進んだその時、カミラは何か嫌な予感を感じた。

 単なる直感であったが、振り返り後方の城を見た時に、その勘が外れていなかったことに気が付く。城の上空を拡大表示(カミラには自分の目に映っているように感じるのだが)させると、そこに映るシルエットに驚愕する。

 上空数百メートルを飛行する大型のスティマータ。あれは、今回の標的である女王タイプのスティマータに他ならなかった。


「やられた……。まさか、こんな……蟲めえええええええええええええっ!」


 叫ぶのだが最早手遅れであった。城の上空を旋回しながら女王スティマータは、次々と小型のスティマータを城壁の中へと投下していく。城内に居る者達を一網打尽にするつもりなのだ。

 ホヴズの魔力を全解放すると、カミラは怒りに任せて必殺の一撃を放った。

 振り下ろした剣は大地を割り、そこから放出されるエネルギー波が光の柱となり天を貫く。その波動が波紋の様に広がり、周囲のスティマータ達は成す術なく、体液を撒き散らしながら次々と破裂していった。

 半径数キロにも及ぶ破壊の衝撃波から逃れられたスティマータはいなかった。


 全ての魔力を使い切った聖機兵は、その魔力が回復するまで形を維持することができない。その為、光の粒子になると異次元へ消えて行くと、カミラは大地に立ち竦んでいたのだが、その場で膝を突き前のめりに倒れ込んでしまった。


「はあ、はあ、はあ……待っていろ、絶対に守り抜いて見せる……かな……らず」


 朦朧とする意識の中、重い身体を引き摺り。這うようにして進むカミラは、薄れゆく意識の中に、父と母の姿を浮かべていた。


 強く威厳に満ちていた父と、美しく慈愛に満ちていた母は、自慢の両親だった。

 父のように強く立派な聖騎士になろうと、そして母のような優しさを持とうと、そう願って生きてきた。事故で両親を同時に亡くした時にも、この国を、領土を、そしてそこに住まう民のことを、自分が必ず守り抜いて見せると、そう聖剣に誓った。


 なぜ、こんなことになってしまったのか。自分一人だけの力では何も守れやしないと、どうしてもっと早くに気が付けなかったのか。

 こんな事態になってしまったのは、自分の未熟さを認められなかった弱さだ。

 全てを背負うことが領主の責任であり、絶対に弱さを見せてはならないと意地を張り続けた結果がこれだ。イルティナが居ないと言うだけで不安になり、たった一人で戦い抜くことがこんなにも辛い事なのだと、そう気が付いた時には全てを失ってしまう。

 カミラは地面に突っ伏しながら唇を噛み悔しさを滲ませる。そして、自分自身の弱さに怒りさえも覚えた。



「誰か……誰か、助けて……くれ」



 そう呟いても、カミラに手を差し伸べる者は、ここには誰一人として居ないのであった。





*****




 上空から突如現れた大型スティマータの出現に、パトラルカ城の敷地内に居た人々は戦慄した。

 誰もが恐怖のあまり言葉を失い、茫然としながら天を見上げている。頭上をぐるぐると旋回するスティマータが一体なにをしようとしているのか? 逃げる事すら忘れて見上げていたのだが、蛇の様に体の長いスティマータの尻尾の方、丁度肛門と思われる辺りに、葡萄の房の様になっている部分があった。そこから、なにか小さく蠢くものが出て来る。それは次々と増えてくると、見上げる民衆が小型のスティマータだと気づいた時には遅かった。

 バラバラと蟷螂の子供が出て来るように、上空からスティマータ達が降ってくる。


「全員、城の中に逃げろおおおおおおおおっ!」


 騎士の誰かがそう叫ぶと、民衆達は我に返り、悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らした様に走り出した。

 恐怖が次々と伝染していく中、誰もが我先にと城の中へと駆け込んで行く。既に地上に降りて来ていたスティマータ達がその背中を追いかけ、肢の鎌で斬りつけると、倒れ込んだ人間に次々と群がり生きたままに貪り始めた。


「くそおっ! 機兵を出せっ! 機兵を前面に、横一列に陣形を取れえっ!」


 カミラもイルティナも居ない中、その場で一番上の階級である騎士カタリナが命令を下す。

 この数週間で、既に何度も襲撃を受けているパトラルカの騎士団は、突然の事態にも動揺することなく素早く行動を取ることができた。

 訓練に於いて、実戦経験に勝るものはないなとカタリナは思うのだが、これは訓練ではない。敵の攻撃を受ければ死ぬし、自分達が死ねば、市民達も死ぬのである。それはつまり、このパトラルカの滅亡を意味する。それだけは断固阻止しなければならなかった。


 自分達が盾となり、壁となり、領民達を守り抜く。カミラが戻って来るまで、最強の聖機兵が帰って来るまで、なんとしてもここを死守するのだと、カタリナは騎士達を鼓舞した。



「剣を構えろっ! 我々が最終防衛線だっ! ここから先、一匹も蟲を通すなっ!」



 その言葉に女騎士達は鬨を上げ、迫り来るスティマータ共を迎え撃つのであった。




 続く。

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