其の四十七 磨り減ってゆく心と身体
「残りは……、
カミラはモニターに映る情報を見ながらそう呟くと渇いた唇を舐めた。
搭乗者と直接神経接続をすることによって、ほぼ操縦の必要のない聖機兵であるが、従来の機兵と同じようにマニピュレショーンの必要な部分も当然ある。
カミラやゲルトのような熟練の操縦者になれば、敵と戦いながら細かいマニピュレーターを操作しつつ、あらゆる戦況に対応するのだが、当然十郎太にはまだできない芸当であった。
カミラは無数のスティマータの軍勢を前に、ホヴズの専用武装である大剣を再び構えるとそれを振り下ろした。
剣を地面に叩きつけると大きな衝撃波が四方の小型スティマータを吹き飛ばす。そして一番大きなエネルギー波が大型スティマータを捉え動きを封じると、ホヴズは大剣をガラガラと引き摺りながら突進し上段から叩きつけた。
街道で十郎太達を襲ったスティマータと同型の大型スティマータはホヴズの大剣と大地に挟まれて頭を潰され黒い体液の泉を作り即死した。これの繰り返しである。
スティマータの軍勢はカミラの聖機兵ホヴズを前に成す術なく、死骸の山と化していくだけであった。傍から見ればホヴズの一方的な闘いに見えるが、スティマータは押すでも引くでもなく、前衛が殲滅されれば次の戦列を前に押し出すと言う波状攻撃、いや波状行進を繰り返すのみで、それをやられると、余裕とはいえカミラも次第に消耗していってしまうのだ。
これは、直接神経接続を行う聖機兵の弱点とも言える部分であった。
普通の操縦とは違い、機兵と一体になることは、操縦者へのメンタル負荷が非常に激しい。そしてなにより、強大な魔力を内に宿している聖機兵に乗り続けることは、フィジカル面への負荷も大きいのだ。通常、2時間も連続して操縦すれば、どんなに鍛えぬかれた兵士であっても気を失ってしまうほどに消耗してしまう。
「はあ……はあ……まずいな、こんな時に……」
カミラは息を切らしながら呟く。
これまでの襲撃であれば既に殲滅し終えている数だった。
しかし、目の前にはまだ無数のスティマータ共が居る。カミラは自分の身体が悲鳴を上げ始めているのを感じていた。
ふと足元を見ると、赤い点がぽたぽたと垂れている。自分の股から大量に流れ出る経血を見ながらカミラは、女であることをこれほど煩わしく感じることはないと唇を噛んだ。
だがしかし、今はそんな弱音を吐いている時ではない。汚物に塗れ、血反吐に塗れようとも、領民を守り抜かなければならないのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
カミラは両手で頬を叩くと気合いを入れ直し雄叫びを上げるのであった。
*****
キャロルティナは激怒していた。憤懣やるかたなしといった様子で、鼻息を荒げながら地下道を進む。手には握り拳を、目いっぱいに力を籠めて作っている。
どうしてこんなことになったのか。自分と十郎太は、カミラを、パトラルカの民を助ける為にやってきたと言うのに。こんな状況下にありながら、領民を守ることが使命の騎士が先導して、悪魔崇拝などと称して男女が淫行に興じる乱痴気騒ぎを夜な夜な行っているなどと、ふざけるのも大概にしろという気分であった。
サーラの説明に、なにも知らなかったメリッサも酷く動揺していたが、二人は自分のやるべきことをやりなさいと言うと、キャロルティナはすぐに教えられた場所へと向かったのだった。
城下の外れにある墓地の、とある墓石の下にあった隠し階段。そこを進むと段々と聞こえてくる人々の嬌声と、咽かえるようなお香の匂い。恐らくは気分をハイにさせる薬品でも混ざっているのだろう。
キャロルティナは、煙を吸わないように布を鼻と口に当てながら進む。
通路の曲がり角から明かりが漏れているのが見えたので、身を屈めながらゆっくりと覗き込むと、キャロルティナはそのあまりにも退廃した光景に茫然としてしまった。
そこら中で淫行を繰り返す男女達の姿。女達が男の上に跨り、まるで狂った獣のように乱れている。
麻薬と酒に溺れ、現実逃避をしているだけの心の弱い人間達。その獣以下の姿にキャロルティナは吐き気を催す程の嫌悪感を感じていた。
すると、反対側の暗がりのドアが軋む音が聞こえたので、キャロルティナは慌てて奥の暗がりに身を隠すと、中から全裸同然の男達が数名でてきた。
その時、扉の奥に倒れ込む人の姿を見て、キャロルティナは声を上げそうになるも、なんとか抑え込み、男達が喧騒の中へ消えていったのを見計らって扉の中へと滑り込んだ。
「そんな……。こんな、酷い……。アトラ、アトラっ!」
複数の男達に暴行を受けたアトラは、半裸の状態で仰向けに倒れ込み虚ろな目をしていた。
太腿に流れ出る赤い血に、キャロルティナは一瞬目を背けるのだが、上着を脱ぐとアトラに着せてやろうと肩を掴んだその瞬間。
「触るなああああああああああっ! いやああああっ、ああああああああああっ!」
急に悲鳴をあげて暴れ出すアトラのことを、キャロルティナは押さえこむように抱きしめ、もう大丈夫だからと懸命に宥めた。しばらくすると暴れ疲れたのか、アトラの身体から力が抜けると、上着を着せて優しく抱きしめてやった。
アトラはふるふると震えだしキャロルティナにしがみ付くと、子供のように大声を上げて泣きじゃくるのであった。
続く。
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