其の四十五 魔宴サバト

「アトミータ……」


 手足を拘束されて磔にされているアトラは、途中で嗅がされた薬の所為で朦朧としている。

 妹がこれからどんな目に遭うのか。それを知りながらも、アトミータにもう迷いはなかった。

 これから先の自分の人生に必要なのはイルティナに対する忠誠心だけ。肉親に対する愛情なんてものは必要ない。キャロルティナはただ欲望を満たす為の道具として扱えばいい。もうなにも考えなくていい、そうすれば悩むことも迷うこともない。全てイルティナに任せていれば、苦しむことなんてなにもないんだ。

 そう思うと、腹の下にどんよりと燻っていたどす黒い感情が晴れて行くような気がして。アトミータはなんとも清々しい気分になった。

 儀式を行う祭壇の上。イルティナと二人そこに立ち、数十名の信者達を見下ろすと笑みを浮かべた。


「これより、生贄を捧げる儀式を始めるっ!」


 イルティナが言うと、奥から信者の一人が何かを抱えて走ってくる。

 長さは4~50センチ、直径は20センチ程。楕円形の石のように見えるがそれほど重くはなさそうに、軽々と信者は運んでくる。

 それをイルティナは受け取ると、十郎太とアトラの方へ向き直り頭上へと掲げた。

 イルティナは二人の後方にある、悪魔の像に向かって膝を突き頭を下げる。それは蟲のような複眼を持った頭に、首から下は人間の身体の邪神像。

 そんな異形の姿をした神を崇めながら信者達はなにを思うのか。

 アトラはこの異様な光景を前にするも、薬の所為で嫌悪感すら抱かなかった。


「我らが神よ。今ここに、二人の生贄を捧げます。エルドラーダスティマータ、我らに祝福をエルドラーダスティマータ」


 イルティナに続いて復唱するアトミータと信者達。

 それを見ながらアトラは、ぼーっとする頭で考えるのだが、自分は何をすればいいのかわからなかった。

 右を見ると十郎太も同じように磔にされている。がっくりと頭を垂れたまま動かない十郎太は、薬を強く嗅がされて意識を失ってしまっているようであった。


 アトミータは短剣を右手に持つと、左手で磔にされているアトラの右手を抑えつけた。


「あはは、なにをするのアトミータ?」

「薬で正気を失ったか。憐れなアトラ、おまえは……おまえがぁ……」


 ヘラヘラと笑うアトラのことを、憎しみに満ちた目で睨みながらそう言うと、アトミータは短剣でアトラの手の平を深く斬りつけた。


「きゃああああああああああああっ!」


 アトラの悲鳴が地下空間に響き渡る。それを聞いても信者達は「エルドラーダスティマータ」の合唱を続けていた。


「うぅ、痛い。お願いアトミータ、やめてぇ、お願い」


 手の平から大量の血を流し、泣きながら懇願するアトラ。

 イルティナは手にした楕円形の物に、アトラの手から滴る血を浴びせると口元が醜く歪んだ。


「ふふふ、さあ、宴を始めようか」


 イルティナの言葉が合図だった。

 信者達は酒と薬を煽り、そこら中で乱痴気騒ぎが始まる。痛みで正気に戻ったアトラは、今度はこの異常な雰囲気に飲まれ気が狂いそうであった。


 イルティナは聖剣エッケザックスを引き抜くと、十郎太の胸に刃を立てて横に引いた。

 しかしなにも反応はない。完全に気を失っていることを確認するとイルティナは十郎太の拘束を解いてその場に横たわらせた。


「イルティナ様なにを?」

「決まっているでしょう? この男と交わるの」

「どうして男なんかとっ!」

「嫌なら目を瞑っていなさい。そうそうあなたの妹も、ほら、あそこで我慢できずに盛っている男共が物欲しげに見ているわよ」


 そう言うとイルティナは信者達を壇上にあげて、アトラを好きにするように言った。


「い……や……いやああああああああああ、やめてっ! 離してっ! 助けてお姉ちゃんっ! お願い、助けてっ、お姉ちゃんっ! いやあああああああああああっ!」


 そのままアトラは数人の男達に引き摺られて奥の別室へと消えていった。

 アトミータは何もできず茫然とその場に立ち尽くしていた。

 その横でイルティナは十郎太の衣類を剥ぎ取り自分も裸になり馬乗りになる。そして腰を振り始めると大声をあげて笑っていた。

 その光景を見ながらアトミータは、ぶるぶると震えだし己の身体を抱きしめると、その場に座り込んでしまった。


「あ……あぁぁぁぁ……私は、私はぁぁぁぁぁぁ」



 アトミータの嗚咽は、乱痴気騒ぎの喧騒に掻き消され、誰の耳にも届かないのであった。




*****



 なにやら外の様子が慌ただしいことに気が付いたキャロルティナは、ドアを叩きながら大声で助けを呼ぶ。


「誰か! 誰かいないの!? 閉じ込められているの、ここを開けてっ!」


 しかし、誰も気が付かないのか、ドアが開く気配は一向になかった。

 部屋の窓から外の様子を窺うと、大量の篝火が見える。それと、照明杖を持った騎士達が忙しそうに駆け回っている。人手が足りないのか、市民達も手伝っているようで、力仕事などはやはり男衆の手を借りていた。


「スティマータが来るんだ……」


 誰がどう見ても、これから戦が始まる。その為の準備をしているとキャロルティナでも気が付いた。

 いつまでもこんなところに居るわけにはいかないと、なんとしてでもアトミータを見つけ出して聖剣を取り返し、十郎太と合流しなければとベッドの元へ行くとシーツを剥がすのであった。




 続く。

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