其の四十四 破滅の序曲

 陽の傾きかけた頃、パトラルカの城下街から街道を10キロ程下った、関所の門に設けられた見張り台。そこで交代を待っていた若い男と初老の男。二人はいつまでこんなことを続けなければならないのかとぼやいていた。


「はぁ……俺達、このままスティマータに喰われて死んじまうのかな?」


 若い男がそう零すともう一人が呆れ顔で言い返した。


「縁起でもねえこと言うなよ。とは言っても、本当にこのままだとそうなりそうだよな」

「結局カミラ様も、七聖剣とは言っても聖剣を受け継いだだけのただの娘だろう? やはりあんな若い娘に領土を守ることなんて……」

「馬鹿、滅多な事を言うもんじゃねえよ。誰かに聞かれでもしていたら」


 その時、若い男の方が前方の遠い森の向こうに上がった発煙弾に気が付いた。


「赤だ……」


 煙の色が緊急を報せる赤色だったことに二人は息を飲む。

 そして、間髪入れずに上がったもう一発の発煙弾を見て二人は血相を変えた。


「赤が二発だっ、スティマータの大群が来るぞっ!」


 若い男の方が叫び見張り台の階段を駆け下りると馬に飛び乗る。


「五分置きに次の報せを上げるから後方の確認を怠るなよっ!」

「わかってるよっ!」


 初老の男の言葉に返事をすると、若い男は馬を走らせるのであった。




*****


 陽が暮れて間もない頃に、伝令馬が城門を駆け抜けると、報せを聞いた騎士の一人がカミラの元へと駆けつけた。


「カミラ様、見張り番からの伝令です。1時間前に南方の二番から発煙弾、赤が二発とそれから15分後、黒が一発。それ以降は日没の為に確認できずとのこと」


 その言葉にカミラは奥歯を噛むとすぐに命令を下す。


「機兵の状態は?」

「三機の内、まともに動けるのは一機のみです。残り二機は分解修理の為に組立てだけでも16時間はかかると報告があったのが二時間前の事です」

「一機で構わない。オーバーホール中の二機から使えるパーツを流用して、二時間以内に出れるようにしておけ。それから……」


 そこまで言ってカミラは逡巡する。この緊急事態にイルティナの姿がないことが、こんなにも不安であることにカミラは戸惑っていた。

 しかし、今のイルティナと一緒に戦うことが自分にはできるのだろうか? そんな迷いが顔に出ていたのか、伝令に来た女騎士が怪訝な表情を浮かべている。今はそんなことを考えている場合ではないと、カミラは気を取り直して続ける。


「スティマータの軍勢は私が聖機兵で迎え撃つ。機兵は城内で待機、騎士団を随伴して万が一に備えろ」


 女騎士は返事をするとすぐに踵を返して駆け出した。


 籠城を始めてから四度目の襲撃。いよいよもってカミラも覚悟を決めることになった。

三発の発煙弾の意味するところ、赤は緊急、二発目の赤は自分達は報せに走れない、つまり既に敵に包囲されていると言う事。そして黒が意味するところは、これまでにない規模の脅威が迫っている、と言うことであった。




*****



 アトミータは信者から伝令を受けるとそれをイルティナに報せに行く。


 これから儀式に入ろうとしているイルティナは、酒と一緒に薬を飲み既に朦朧とした状態であった。


「スティマータの群れがここに迫っていると」

「そう、ふふふ。上に居る奴らは全滅かもしれないわね。でも、ここなら安全よアトミータ」

「カミラ様が一人で出陣されたと……」


 それを聞いてもイルティナはなんの反応も示さない。

 どこか憂いを帯びたイルティナの目、その視線がどこを見ているのか、アトミータにはわからなかった。


「大丈夫よ。私の手には聖剣がある。この儀式の終わる頃にカミラを助けに行くの。そうすればあの子もようやく気が付くわ。自分には私が必要だってことに。アトミータ、あなただってそう、私と共に居たからグリフォンの娘を手に入れる事ができたのでしょう? そして、憎きアトラに復讐ができる」


 イルティナのその言葉にアトミータは胸が苦しくなる、早くなる鼓動を感じていた。

 ずっと、もうずっと昔から、胸の奥深く深くに押し込めていた感情。本当はずっとアトラに言ってやりたかった言葉。


 おまえの所為で私は地獄を味わってきたんだ。おまえが代わりに男共に犯されればよかったのに。


「イル……ティナ様……私は……」

「いいのよアトミータ。もう自分を偽らなくてもいいの。もうあと数時間で、パトラルカは終わるわ。そしたら、私とあなた、二人でこの領土を再興するのよ。皇帝陛下だってきっと認めてくださるわ。聖剣を使い、スティマータに蹂躙されたパトラルカを救った英雄として、私達のことを絶対にお認めになられるのよ」


 普通に考えればそんな虫の良い話があるわけがない。そんなことは火を見るよりも明らかであった。しかし、アトミータはイルティナの言葉に酔い、それ以上のことが考えられなかった。なにより、自分の欲望が、羨望が、渇望が、全ての願望が今、この時この場所で叶うのだと、そう思うと、最早イルティナに全てを委ねるしかなかったのだ。


 アトミータは酒を煽り、薬を飲みこむと全ての快楽に身を委ねる。そしてそれに抗う術を失った。


 過去の全てを忘れ全てを絶ち切る為に、イルティナと二人、信者達の待つ儀式の場へと向かう。


 十郎太とアトラ、二人の生贄が待つ場所へと……。




 続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る