其の四十三 過去に繋がれし咎人

 涙を流し、訥々と語るアトラの言葉に、十郎太は目を瞑り腕を組んだまま黙って耳を傾けた。

 姉が幼い頃に父から受けていた虐待のこと。それが自分にも及びそうになった時に身を挺して守ってくれたこと。そして、父を手にかけ、自責の念に苛まれていたアトミータの心の拠り所となったのはイルティナであったこと。二人は互いの満たされぬ愛を慰め合うかのように、肉体関係にあり共依存の状態であること。そして、悪魔を崇拝する邪教徒となったことを、その全てを包み隠さず話したアトラは、憑き物が落ちたかのように落ち着きを取り戻した。


「私は……私には責任があります。姉があんな風になってしまったのは、私の所為でもあるんです。だから、姉を、アトミータのことを救えるのは私しかいないんです」


 俯き、そう言うアトラのことを見下ろすと、十郎太は深く息を吸って吐き出して言った。


「俺が初めて人を斬ったのは十四の頃、相手は実の姉だ」


 突然の告白にアトラは驚き、目を見開いて十郎太を見上げた。十郎太は目を瞑ったまま表情を変えない。そんな十郎太を見つめながらアトラは思う。この人も、きっと想像もできないような過酷な人生を送ってきたのだろう、と。


「どうして?」


 アトラの問い掛けに十郎太は答えなかった。

キャロルティナにも話していない重大な過去の出来事。三十路にもなってそれをいつまでも引き摺っている己がなんとも女々しいと、十郎太はこの事は桂にも話していなかった。藩を出たのも剣のみで身を立てようとしたものだと嘘を吐いてきた。

 だが、目の前にいる娘には話しても良いと思った。幼き頃より受けてきた身の不遇、それ故に負った咎。それはアトミータだけではなく、アトラも同様に感じているのであろうと十郎太は思ったのだ。


「おまえが何を背負い、誰にどんな負い目を感じているのか。それはおまえだけにしかわからないことだ。そしてどんな責任を負おうとしているのか、それはおまえ自身が決める事、他人がとやかく言う事ではない」

「ジューロータさんも……そうしてきたからですか?」


 そんな大層なもんではないと、己はただ家を追い出され這う這うの体で各地を彷徨い、剣を手にして人を斬るだけしか能がなかっただけだと、十郎太は笑いながらアトラに手を差し出した。


「ゆくぞ。おまえが姉を救いたいと言うのであればそれは今だ。今成さねば、おまえの姉は二度と後戻りはできなくなる」

「ジューロータさん……ありがとう」


 アトラが十郎太の手を取ったその時、眩い光が二人を照らした。

 照明杖マジックロッドを手にしたアトミータと、後ろにはメイドが二人。恐らくは美人局を仕掛けてきたあの女のように、暗殺等をこなす為に訓練された者だ。

 十郎太はアトラを背に隠す様に立つとアトミータに問いかける。


「キャロルティナをどこへやった?」

「貴様には関係ない事だ、それよりも……」


 にべもない返事である。アトミータは十郎太の事など意にも介していない様子、そんなことよりも後ろに隠れているアトラの事を忌々しげに睨み付けていた。


「アトラ、まさかおまえが罪人の脱走の手引きをしようとはな。恥を知れっ! カミラ様に仕える騎士でありながら、女中を手にかけようとした男の手助けなど!」

「アトミータ、もうやめてっ! 全部知っているのよ、これはあなたとイルティナが仕組んだことだってことは全部わかっているのっ!」

「よくもぬけぬけと。私とイルティナが仕組んだことだと? お前の方こそ、その男と通じて何をしようしている? まさか、既にその男と情を結んだのか? 汚らわしいっ! まさか我が妹が、男に抱かれてよがる売女と変わらない女だったとは」


 姉の侮辱的な言葉にアトラは悲しげな表情を浮かべる。

 なぜそこまでの物言いをするのか、アトミータがなぜ焦燥しているのか、十郎太はこの状況を理解する為にまだ動くべきではないと考えた。なにより、キャロルティナの安否を確認するまで、下手に動くべきではないと思った。

 そして抵抗しようとするアトラに、今は止せと念を押すと大人しくお縄につくのであった。





*****



 キャロルティナは眠りから目覚めるとゆっくりと身体を起こした。

 柔らかいベッドの上で横になっていたのだが、自分の部屋ではないようであった。ズキズキと痛むこめかみを押さえながら、自分の身に何が起こったのかを思い出す。


「アトミータ……。そうだっ、アトミータだっ!」


 そう言うと、ベッドから飛び降りて部屋から飛び出そうするのだが、外からカギを掛けられているようでドアは開かなかった。


「どうしよう、聖剣もないという事は、アトミータが持ち去ったんだ。何の為に? あれは七聖剣の血を引くものじゃないと扱えないのに……」


 いや、それは違うとキャロルティナは気が付く。


 ゲルトだ。あの傭兵は、ボルザック・ド・カルデロン子爵のリジルを召喚し操っていた。

 もしかしたらゲルトは、キャロルティナの知り得ない事情があって、カルデロンの血を引いているのかもしれない、しかしそうは思えなかった。

 なんらかの方法で、聖騎士の血族でなくても聖剣を使う事が出来ると言うのであれば、エッケザックスがアトミータの手に渡ったことは由々しき事態であった。

 聖剣は、聖機兵の力はそれほどまでに強大であるからだ。

 そんな力を使ってやろうとしていること、考え得る最悪の事態、それは、クーデターである。

 アトミータが没落貴族の娘であることはキャロルティナも知っていた。

 もしも、アトミータがお家復興を目論んでいるとしたら。その為にまずはこのパトラルカ領を占領しようと考えていたら。


「そんな馬鹿な事……。いくら聖機兵でも……。帝国を敵に回すつもりなの? アトミータ……」


 キャロルティナは呟くとこんな部屋に閉じ込められて、何もできない歯痒さに唇を噛むのであった。



 続く。

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