其の四十一 悪魔の選択

 薄暗い地下牢の中、手枷を嵌められた十郎太は岩肌の剥き出しになった地べたに横になっていた。

 まさか美人局を仕掛けられるとは思ってもいなかった為に油断をしていたと、誰に言い訳するでもなく己の甘さに辟易する。しかし、解せない部分もあった。

 そもそも、何が目的で己を罠に掛けたのか? イルティナという女の考えていることが読めなかった。


「目的……か」


 呟くと十郎太は考えを整理する。イルティナが十郎太を罠に嵌めて捕える事により、どんな利益を得るのか。或いは十郎太がどんな不利益を被るのか。十郎太にとってはこんな所に捕われ続けることによって、キャロルティナが今どういう状況にあるのか知れないのが心配の種ではあった。

 ただ、この城にはアトミータをはじめ。キャロルティナの幼馴染や知り合いが少なからず居るらしいので、一人になることはないと思うのだが、そこまで考えて十郎太は気が付く。もし、アトミータとイルティナが通じていた場合だ。古い仲だと思っていた相手が裏切るなんて話はよくある事だ。それこそ、久しぶりに会ったというキャロルティナとアトミータである。お互いのことを知らない時間の方が長いのだ。

 そう考えると、アトラの忠告が今になって脳裏に蘇ってくる。つまりあれは、狙われているのはキャロルティナだったのではないかと、そして明かさなかった真犯人が姉だったとしたら。


「狙いは聖剣か」


 一機でも、無敵の力を有する聖機兵。それを呼び出す鍵となる聖剣を、イルティナが、或いはアトミータが狙っているとするならば、今回のことも合点がいくと十郎太は考えた。

 キャロルティナの身に何かがあれば、用心棒である十郎太が黙っていないのは当然である。その為に、まず先に十郎太を排除しようと考えたのだ。それも、秘密裏にこそこそとやったということは、恐らくは領主であるカミラの与り知らないことである可能性は大きい。

 では、聖剣を、聖機兵を手に入れてあの二人は何をしようとしているのか? カミラの持つ聖機兵に匹敵しなければならない理由。つまり、この状況下において謀反を起こそうとしているのではないかと十郎太は考えた。

 まさかこれが、イルティナの異常なまでのカミラに対する愛情と執着心からなる謀略であるなんてことは、当の十郎太には想像だにできないことではあったが、当たらずとも遠からずではあった。


 であればやることは一つである。一刻も早くここから抜け出してキャロルティナの元へ行きここから逃げる事、アトラの忠告の時点でそれを実行していればよかったと今更後悔しても遅いが、まだ手遅れと呼ぶような状況ではない。必ず好機は巡って来ると十郎太は神経を研ぎ澄ますのであった。




*****




 イルティナは部屋に戻ると、メイドの一人にアトミータを呼ぶように言う。

 すぐにアトミータがやってくると部屋の戸を閉め切り、聞き耳を立てる者がいないように見張りを立てた。


「イルティナ様。その、カミラ様は……」


 アトミータが遠慮がちにその名を口にすると、イルティナは彼女に近寄り腰を抱き寄せた。


「イ、 イルティナ……んぅ」


 イルティナがアトミータの口を塞ぐと、二人はお互いの唇を貪りあう。


「はぁ、はぁ、イルティナ……様」

「アトミータ。信者達を集めなさい。今夜、儀式を行う」

「え? この間、行ったばかりなのに」

「信者達の我慢も限界なの。こんな場所に閉じ込められて自由を奪われ、人としての尊厳を失った我々に残されたのは信仰だけだ。そうだろう? ならば、人としての本能を解放する為の儀式を開いてやることこそ、私達が愚民の為にできることだろう」


 イルティナはアトミータの頭の後ろに手を回し優しく撫でると、髪の毛を掴み自分の顔の前へと引っ張る。


「うぅっ……イルティナ様」

「アトミータ。あなたは私を裏切らないわよね?」

「もちろん……です」


 イルティナが手を離すとアトミータは、その場に跪き彼女の足に口付けをする。

 それを見てイルティナは恍惚の表情を浮かべると言い放った。


「生贄にはあの男を使う。メイド達に準備させろ」

「はい。イルティナ様」

「それから、グリフォンの娘はそうだな……」


 その言葉にアトミータは一瞬ビクリと肩を震わせた。

 イルティナはわかっていて言っているのだとアトミータは青褪める。自分の愛を受け入れてくれないイルティナに変わって、幼馴染であるキャロルティナをその代わりとしようとしているアトミータのことを、目の前の暴君は気が付いているとアトミータは戦慄した。


「イ、 イルティナ様、か、彼女は……」

「彼女は、なあに?」

「キャロルティナは……彼女は助けてあげてください」


 アトミータは膝を突き、頭を下げて懇願する。そんな要求が通るわけがない、飼い犬が主人に逆らうなんてこと許すわけがないとわかってはいた。しかし言わずにはいられなかった。キャロルティナまでも生贄に捧げるなんてことは、アトミータには耐えられなかった。


 しかし、イルティナから返ってきた言葉は予想だにしないものだった。


「なるほど。よっぽどあの娘にご執心というわけか」

「そ、それは……」

「いいだろう。信者共の慰み者として生贄にしようと思ったけれど、おまえのその健気さに免じて許してやる」

「ほ、ほんとうですか? イルティナ様、ありがとうござ」

「ただしっ!」


 眼に涙を浮かべ喜ぶアトミータの言葉を遮ると、イルティナは考えも寄らない恐ろしいことを言い放った。



「ただし、代わりの生贄としてあなたの妹を捧げなさい」



 続く。

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