其の三十八 歪んだ愛憎

 脱衣所で服を脱ぐとキャロルティナは腕を鼻に当てて嗅いでみる。今まで気が付かなかったが言われてみれば確かにと顔を顰めると、キャロルティナは浴場へと入って行った。

 普段はカミラも使っていると言う広い大浴場の浴槽には、薔薇の花びらが浮かんで良い香りを漂わせていた。浴槽の脇にあった桶で湯を掬うと手を入れて温度を確認する。程良い温かさを感じて、それを肩から流すと心地良さに溜息を零した。


 肩まで湯に浸かるとこの数日間の疲れが一気に溶け出すような気がする。体中に染みついた血と汗と泥の臭いが薔薇の香りに包まれて消えてしまったような。そんな一時の安らぎを感じていると足音が聞こえてきた。

 振り返るとそこにはアトミータが居た。白い肌を惜し気もなく曝け出している姿に、なんだかキャロルティナの方が恥ずかしくなってしまい縮こまっていると、背中を流してやると言ってアトミータはキャロルティナのことを誘うのであった。


「こうやって一緒に入浴するのも久しぶりだな」

「そうね、いつ以来かな。もう、ずっとずっと昔のことのように思う」


 瓜系の植物を使ったタワシで背中を擦るアトミータは、キャロルティナの肌が傷つかないように優しく洗ってくれる。ちょうどいい按配の力加減にキャロルティナは心地良くなってきて瞼が重くなってくるとうとうとし始めるのだが、手が止まったのを感じてハっとした瞬間。突如背後からアトミータに抱きしめられた。


「な、なに? アトミータ、どうしたの急に?」

「すごく綺麗な肌ね。羨ましいわ」

「な、ななな、なにを言っているのアトミータ? どうしたっていうの?」

「とても綺麗。すべすべで柔らかくて、ここなんてもちもちして手に吸い付いてくるよう」


 そう言うとアトミータはキャロルティナの乳房に手を伸ばして優しく揉んだ。


「や、やめてアトミータ、こんなの変よっ!」


 アトミータの行為はどう考えても、幼馴染に対する友情表現とは思えずキャロルティナは拒絶しようとする。しかしアトミータはキャロルティナのことを押し倒して馬乗りになると両手を抑えつけた。


「キャロルティナ、あなたのことが好きなの」

「お、落ち着いてアトミータ。それは、幼馴染として、と言う事よね?」

「違うわキャロ。私はあなたを私のものにしたいの。私をあなたのものにして欲しいのよ」


 気でも違えてしまったのかと、キャロルティナはアトミータのことが恐ろしくなってしまった。なんとか抜け出そうともがくのだが、片手なのにすごい力で両手首を抑えつけられて骨が折れてしまいそうなくらい痛かった。


「いたっ、やめてアトミータ、手首が痛いの離してっ!」

「すぐに気持ちよくなるわ」


 アトミータはキャロルティナの首筋に口付けをすると舌を這わして乳房に歯を立てた。その瞬間、キャロルティナは覆い被さるアトミータの腹に膝蹴りを入れた。短い声を上げて腹を押さるアトミータのことを突き飛ばすとキャロルティナは駆け出すのであった。

残されたアトミータはその場にへたり込むと自分の肩を抱えて震えだす。


「どうして……どうして拒絶するの……。どうして誰も私のことを愛してくれないの……。イルティナもアトラもキャロルティナも、私が穢れているから? そうだ、きっと私が汚い雌犬だから皆……みんな……。パパ……あの男が悪いんだ。皆で寄ってたかって私のことを穢した男共がみんな悪いんだあっ!」




 脱衣所に戻るとキャロルティナは碌に身体も拭かないで衣服を身につけた。

 アトミータがあんなことをするなんて思ってもいなかった。自分のことを好きだと言って胸を、キャロルティナはアトミータが噛んだ部分に触れると少し痛みを感じた。よく見ると歯型が浮かび血が滲んでいた。

 男性同士の行為の話は耳に挟んだことはあったが、女性が女性のことを好んでそのような行為に及ぶなんて話は聞いたこともなかった。キャロルティナは身震いするとさっさと服を着て自分の部屋へと、いや、十郎太の元へと行こうと思うのだがそこで異変に気が付いた。

 衣類と一緒に籠に入れておいた聖剣エッケザックスが見当たらないのだ。確かに置いた筈なのだが、おかしいと思った刹那。体中に電流が走るような衝撃を受けてキャロルティナは気を失った。

 床に突っ伏したまま動かないキャロルティナのことを見下ろすアトミータの顔には、一切の表情がなかった。キャロルティナの体に押し当てた魔力によって明かりを取る、照明杖を床に落とすとアトミータはボソリと呟く。


「私の愛を受け入れないからよ」



 キャロルティナに拒絶されたアトミータは、己の主人であるイルティナの言いつけ通りにエッケザックスを奪うことを選択した。そうすれば、イルティナが自分の方へと振り向いてくれるのではないかと思ったのだ。そんなことは決して無いと、うの昔にわかっていたのに。

 最早アトミータは心神喪失状態にあった。スティマータの大群と戦う日々、そして籠城生活を余儀なくされて行く間に、精神をすり減らし疲弊していったアトミータは幼い頃に父とその仲間が、悪魔祓いと称して自分に性的虐待をしていた過去を思い出した。

 ずっと忘れていたのに、忘れようとしていたのに、過去の記憶に苦しめられ思い悩むアトミータはイルティナに救いを求めた。

 レズビアンであったイルティナの求めるものが身体だけの関係だったしても、汚らわしい自分のことを優しく抱きしめてくれるイルティナにアトミータはどんどん陶酔していった。

例えイルティナの本当の愛を独り占めできないとわかっていても、アトミータにはそれが至福の時だったのだ。



 アトミタータは聖剣を腰に差すと、キャロルティナを抱え上げて脱衣所から出て行くのであった。




 続く。

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