其の三十七 本懐を遂げる為に成べきすこと

 封印の壁の結界が力を失い始め、巷にスティマータが溢れだしているのは神が人間達に与えたもうている試練であると、スティマータが封印されてから300と余年。その後百年にも渡る人間同士の闘いを終えてから200年。人間は再び己達の罪を贖う時がやってきたのだと言うのだ。

 しかし、そんな試練は神が勝手に与えた物であり。平和な世を生きてきた者達にとっては到底受け入れらるものではないと唱える者も居た。


 悪魔崇拝者。


 かの者達は、試練しか与えずなんの見返りも寄越さない神に見切りをつけた者達のことを言った。

 肉欲と暴力、酒と薬に溺れる人生の落伍者達の集まりであったが、それもスティマータに囲まれ籠城を続ける中、次第に心も体も疲弊していった人々にとっては彼らの考えも間違ってはいなかったのではないか、いやむしろ彼らこそが正しいと思えてきたのだ。

 この絶望的状況の中、神は一切救いの手を差し伸べてはくれないが、彼らの崇拝する悪魔の方こそ人々の心に真の救いをもたらしてくれるのであると。


「信じられない……。そんな己の欲望の為に生贄を捧げる儀式なんて、一体誰が先導しているのだっ!? 捕えて異端審問に」

「捕えて処刑するのか?」


 憤慨するキャロルティナの言葉に割って入る十郎太。その言葉にキャロルティナは次の言葉を飲みこんだ。

 アトラは黙り込んで俯いたままだ。きっとこんなことを口にすることすら神に対する背信行為であるのと同時に、誰かに知られでもしたら己の身も危険にさらされるのかもしれないのだろうと十郎太は思った。

 非常に難しい問題であると十郎太は頭を悩ませる。おそらくは、異国人である己の身を案じてアトラはそんな忠告をしてくれたのだろうと、そしてその首謀者を明かせない理由はそれが大変な人物であるからだと十郎太は考えた。

 敵は外に居る蟲だけではなく中にも居たことに、「獅子身中の蟲か……」と十郎太が一人ごちると、キャロルティナとアトラは不思議そうにそれを見つめているのであった。


 とにかく今は下手に動かない方が良いと、あくまで自分達はパトラルカの窮地に駆けつけたことにしておいたほうが良いと言ってアトラには帰ってもらうことにした。


「本当にそれで良いのか十郎太?」

「その方が立ち回りやすいだろう。こっちには聖機兵がある。相手が俺達のことを救援だと思っている内は下手に動かない方がいい」

「しかしそれでは……」


 十郎太はキャロルティナに迫ると顔を覗き込みじっと目を見つめた。


「な、なんだ?」

「これ以上、余計な事に首を突っ込むことは身を滅ぼすぞ。いいかキャロルティナ、己の本懐を忘れるな。誰かを助ける片手間に成就できるほど、仇討というものは容易いものではないということを肝に命じておけ」


 十郎太のあまりの気迫にキャロルティナは唾を飲み込むと、「わかった、すまない……」と返事をして自分の部屋に帰るのであった。




*****


 昨晩のことを思い返しながら十郎太は頭を掻く。カミラがそれを知っていながらに放置しているのか。或いはなにも知らずにいるのか。それを先程、面を合わせた時に量ろうとしていたのだが、まるで読めなかったことに曲者だと言ったのであった。

 このまま手の内で踊らされている振りをしてスティマータと闘わされるのは癪ではあったが、向こうが何もしてこないのであればわざわざ自ら火中の栗を拾いに行くような真似はしなくて良いだろうとも考える。己の城下、或いは城内に背反者が居るなどと言うのは、領主からしてみれば恥でもある。それを内密にしておきたいということかもしれなかった。

 なんにしてもこれはパトラルカの統治の話なのだから、こちらが口を挟むのはお門違い。アトラの忠告は忠告としてだけ有り難く受けとっておけば良いだろうと今は結論付けるのであった。


 十郎太の考えにキャロルティナも異論は唱えなかった。今は何よりスティマータを殲滅して、この状況から市民達を解放するのが優先される。それを成せば人心も安定して治安もまた戻るであろうとも考えたからだ。


「それじゃあジューロータ、これから作戦会議とエッケザックスを操縦する練習をしよう!」

「はあ? そんなことは俺が考えるからおまえは適当に遊んでろ」

「なぜ其処許は戦いの事となると私を遠ざけようとするのだっ!」


 キャロルティナがまたぷりぷりと怒り始めたので十郎太が面倒臭く思っていると、廊下の向こうからアトミータがやってくるのが見えた。

 それに気が付いたキャロルティナが駆け寄ると二人談笑を始めるので、十郎太はなにかあったら呼びに来いと自分の部屋へと帰るのであった。


「ついていかなくていいのかいキャロ?」

「別にいいのよ。彼は用心棒であってべつに私の……」

「私の、なに?」


 アトミータの問い掛けに真っ赤になるとキャロルティナは、慌てふためきなんでもないと言うのであった。

 しばらく十郎太との関係をからかわれるとキャロルティナは、アトミータに風呂へと誘われた。


「キャロ、暫く風呂には入っていなかったのだろう?」

「川で髪だけは洗っていたけれど」

「まったく、正直少し臭うぞ。レディなんだから身嗜みはしっかりとだな」

「アトミータだってそうじゃない、ずっとそうやって鎧を身に纏っていたのでしょう? ちょっと汗臭いわよ」


 二人はお互いの顔を見あうと笑った。こんな状況下で風呂などと思うが、今日は特別に湯を沸かしてくれたとアトミータが言うのでキャロルティナは久しぶりに入浴が出来ると喜ぶのであった。



 続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る