其の三十六 策謀の伏魔殿

 聖機兵エッケザックスの能力は、嵐を自在に操ることであるとカミラは言っていた。

 地下闘技場でゲルトと共に放った必殺の一撃は雷を纏った竜巻であった。聖機兵リジルの放った雷に、加減のわからない十郎太が解放した竜巻の為に想像以上の威力を発揮してしまったと、もう少しやりようがあっただろうと呆れながらゲルトが言っていたのを思い出していた。

 竜巻で上空の敵を射落とすのか。或いは旋風の様なものに乗り己が空を舞うのか。やり方は任せるとカミラは言っていたのだが、そんな簡単に上手く行くものでもないだろうと十郎太は頭を捻る。なんにしてもここまで来てしまった以上は、敵を殲滅しないことには生きては出られないだろうと、カミラに手を貸すことを承諾するのであった。


「ジューロータ? やはり難しいのか?」


 用意された部屋に戻る道すがら、眉間に皺を寄せながら悩んでいる十郎太のことをキャロルティナは不安げな顔で見上げた。


「そりゃあな。孫子の兵法には、自軍より高い場所に居る敵とは戦うなってあるくらいだ。例えば武器を持たない人間と鷹、どちらの方が強いとおまえは思う?」

「ソンシ? 何者だそいつは、本当におまえの言う事はわけがわからん……が、おもしろいな。なるほど、鷹か。空の王者である猛禽類最強の生物には、素手の人間は勝てないとおまえは言いたいのだな」

「それくらいに、空を飛び回られるのは厄介だってことだ。だが人間は馬鹿じゃねえ。勝てねえ相手に素手で立ち向かうのは単なる阿呆だ。策を巡らせ、罠を張り、そして武器を持つことで、人間ってのは野生の獣にも勝てるように出来てんだよ」


 うんうんと目を輝かせ、珍しく尊敬の眼差しを向けながら頷くキャロルティナに、こいつは本当に単純だなと十郎太は思った。

 尤も十郎太の言っていることも桂の受け売りではある。しかし、これまでに幾つもの修羅場や死線を潜り抜けてきた十郎太は、地の利を得ることが戦闘に於いてどれほど有利に働くかということは身を持って知っていた。


 とにかく今すぐに蟲の討伐に出ると言う事でもないので、それなりに策を練っておこうと十郎太は考えるのだが、それと同時にもう一つ考えなければならないことがあった。キャロルティナのことを見下ろすと、魔術師がどうたらこうたらとぶつぶつ言いながら作戦を練っている様子で、そのことを失念しているように思えた。


「そんなことよりおまえ。昨晩のアトラの一件を忘れてねえか?」


 その言葉に固まるキャロルティナは、そうであったと十郎太のことを見上げて不安気な表情になる。十郎太は頭をぼりぼりと掻きながら小声で言う。


「アトラの言う通りであれば、あのカミラとか言う女。とんだ曲者だ」

「私はいまだに信じられない。アトラのことを信じていないわけではないが、やはりカミラ様に限ってそんなことを……」


 俯き、暗い表情になるキャロルティナのことを見ながら、十郎太は昨晩アトラが語った内容を思い返していた。




*****


「ジューロータさん、キャロルティナ。早くこの城から逃げてください!」


 突然のアトラの言葉にキャロルティナは驚く。


「なにを言っているのアトラ? 逃げろってどういうこと?」

「お二人の身が危険なんです……ここは、本当に……」


 そう言うとアトラは黙り込んでしまう。理由も説明されないままに逃げろと言われても、そもそもここが窮地にあるからと言う書状を読んでやって来たのだ。危険は元より承知している、それを今更逃げることなんてできるわけがないとキャロルティナはアトラに言った。


「違うのキャロ。そうじゃないの、ここはあなたが思っているような場所じゃないの」

「だから一体なんなの? それがわからなければ逃げる理由にもならないじゃない」


 困り果てた所で十郎太がズズズっと音を立てて紅茶を飲むので、行儀が悪いとキャロルティナが言うと、カップを置いてアトラのことを見た。


「殺したのか?」


 その言葉にアトラは息を飲み青褪める。キャロルティナはわけがわからないので二人のことを交互に見て眉を顰めた。


「何の為だ? 見せしめか? それとも本当に罪を働いたものを死刑にしたのか?」


 その言葉でキャロルティナもようやくだが何を言っているのか理解してきた。

 あの地下通路に隠されていたと言う死体は、スティマータによるものでなく、人の手によって殺害されたものであると、十郎太はそう言いたいのである。そして、そう問われたアトラの反応で理解した。


「ジューロータ、なぜそう思った? 其処許は死体の臭いに気が付いただけだろう?」

「まあ当てずっぽうではあるが疑問はあった。そもそも蟲と戦って負傷した兵士や民間人の死体を、埋葬して弔うわけでもなく隠す意味がわからねえ。疫病が蔓延しかねねえから、避難民の生活している同じ土の下に埋葬するってわけにもいかねえにしても。ありゃ異常だろ。だったら理由は一つ、誰かが殺したからだ。それも、バレちゃならねえ人物がだ」


 その言葉にキャロルティナは戦慄する。しかし、十郎太の説明に想像してしまっていた。

アトラは何も言わない。ただ俯いて肯定するでも否定するでもなく立ち尽くしているだけだった。


「そんな馬鹿なことがあるか、そもそも何のために? 理由がないっ! 必要がないっ! この苦境の中、皆で力を合わせなければならないのだ。人手が多いに越したことがないこの状況で、意味がないっ!」


 取り乱すキャロルティナに十郎太は溜息を吐きながら答える。


「そうだよ、理由なんてねえんだよ。よくある話だ。戦況が思わしくなく、もう立ち行かなくなっちまって気の狂った大将が、自軍を道連れにするなんてえ話は」

「彼女に限ってそんなことはありえないっ!」

「或いは元から殺人鬼だった可能性もあるぜ? 人の上に立つ奴ってのは多かれ少なかれ、どっかがぶっ壊れている奴が大半さ」


 十郎太の言葉に、話しにならないと怒りだすキャロルティナであったが、それを宥めるとアトラが重い口を開いた。


「違うんです。あれは……」

「違うってなにがだ? ここまで来たらいい加減、話してもいいんじゃねえか?」


 アトラは胸の前で十字を切り神に許しを乞うと重い口を開いた。



「あれは儀式です。あの死体は全て、邪神に生贄を捧げる悪魔崇拝の犠牲者達なんです」



 続く。

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