其の三十五 求められる能力

 カミラの書斎に通されると十郎太とキャロルティナは用意されていた椅子に腰掛けた。


「狭い所で済まないな。ここであれば聞き耳を立てられることもないと考えての事だ。許して欲しい」

「構わねえよ。こちとら畳二枚の部屋で膝を突き合わせての談義なんてのは茶飯事だったからな」


 十郎太の言葉にカミラが小首を傾げると、こういうわけのわからない事をよく言う奴なので気にしないで欲しいと、キャロルティナが付け加えるのであった。


 夜が明けて朝食を終えると、二人はカミラの元へと案内されてこれからのことを話会う事となった。部屋の直前でイルティナに凄まじい目つきで睨みつけられるので、十郎太はそんなに昨晩の態度が気に喰わなかったのだろうかと思うのだが、単純に余所者を嫌っているだけだろうと気にしないことにした。

どちらも帯剣したままに部屋を通されるので、十郎太は随分と危機管理の甘い城主であると思うのだが部屋に入るなりその考えを改める。奥の椅子に腰掛けたカミラからは微塵の隙も感じられなかった。逆にこちらが気を抜けば殺られる。そんな気配を感じとった十郎太は敢えて気づかない振りをするのであった。


「やはり、こんな安い挑発には乗らないか」


 カミラの言葉にキャロルティナはきょとんとするのだが、十郎太が鼻で笑った為にまた失礼な態度を取ったと叱るのであった。


 キャロルティナがこれまでの経緯をもう一度説明をし終え労われると、カミラが切り出してきた。


「さて、キャロルティナ。そろそろ本題に入りたいのだがいいかな?」

「はい、カミラ様。スティマータのこと……ですよね?」

「率直に言って事態はかなり深刻だ。この城に籠って20日、兵糧も尽きかけて市民の我慢も限界を迎えつつある。このままでは暴動も起こりかねない状況だ」


 カミラの説明に十郎太は不満気に答えた。


「おいおい、肝心な部分がすっぽぬけてねえか?」

「口を慎めジューロータ。カミラ様は子爵様なんだぞ、私に対するようなそんな口の利き方」

「いいんだキャロルティナ。見ればわかるよ。市民の中にもそちらの御仁のような目つきで私を見る者が居る。自分ばかりが安全な城の中で安穏としやがってと内心思ってでもいるのだろう。しかし、そんな輩であっても守るべき民なのだ。力を持つ者には、それを許す寛容さも時には必要。で、肝心な部分とは?」


 さらりと嫌味を言われた十郎太に、いつものお株が奪われていい気味だとキャロルティナはにやりとした。

 十郎太は舌打ちをすると無精髭を撫でながら気を取り直して質問をし直す。


「蟲共に包囲されて籠城していると聞いたが、そこまで切羽詰った状況には見えねえが? 日の出時にちょろっと見張り台に立ってみたが、周りには蝿一匹見当たらなかったぜ?」

「当然だ。攻めてきたスティマータ共は全て私の聖機兵で駆除したからな」


 ではなぜ籠城しているのかと問うと、カミラは淡々と説明を始めた。

 最初の内は群れを成して攻めてくる蟲達を、カミラの聖機兵と量産型機兵で難なく殲滅駆除していたらしい。しかし、次第にスティマータの攻め手が変則的になってきた。早朝に攻めてきたかと思えば、深夜に攻めてくることもある。城下町の南からやってくるかと思いきや、北から攻めて来ることも。それを聖機兵の絶大な力で難なく殲滅してきたのだが、立て続けにやられると一人で戦っているカミラは当然疲弊してしまった。そこからは劣勢に継ぐ劣勢。次第に戦線は後退していき、気が付けば城に籠城せざるをえない状況になってしまったらしい。


「疲弊戦か、そんな戦力を見つからずどこに隠し持っていたんだ?」

「恐らくは後方に女王蟻のような存在がいると思われる。殲滅してもその度に卵を産み量産していたのだろう。スティマータの成長はおそろしく早い。孵化して数分で、もう成虫の様に動き回れるほどだからな」


 なるほどとキャロルティナは頷く。地下闘技場で見たあの悍ましい光景からもそれはわかっていることではあった。

 実際のところスティマータの生態についてはわかっていないことが多い。辺境の地に封印の術が施されてから300年以上。あらゆる文献にスティマータの記述は残ってはいるが、その生態は禁忌とされており一般には広まっていないのもさることながら。200年前に起こった聖機大戦時に多くの専門書が焼失してしまったのも原因の一つとされていた。


「もっと早くに女王を叩いておくべきだった」

「なるほどな。つまり、あんたは俺達にその女王を斬れと、そう言いたいわけだな」

「話が早くて助かる。そうだ。キャロルティナの話では貴殿がエッケザックスを乗りこなしていると」

「乗りこなしているかどうかはわからねえな。実際ゲルトの野郎の方が、からくりに乗ってる分には実力は上だと思うぜ」


 ゲルトの話にまで及ぶとカミラは少し眉を顰めて不快感を示した。なにが気に喰わないのかはわからないが、リジルを傭兵風情が使いこなしていることに腹を立てているのだろうか。それならば十郎太も変わらないのだが、エッケザックスに関しては持ち主であるグリフォン子爵が逝去されている為に仕方なしといった所だろうか。


「それでもだ。私のホヴズは多対一に於いては比類なき能力を発揮する殲滅スキルを持っているが、今回の相手はいささか相性が悪くてな」


 十郎太が怪訝顔をすると、カミラは右手を上げて天を指差した。



「敵は、空に居る」




 続く。

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