其の三十四 色に溺れる獣

 蟲達も寝静まる深夜。野戦病棟さながらの城外とは違い、城の中は静まり返っていた。

 その一室。蝋燭に照らされた薄暗い部屋の中で、イルティナはお香に火を点けると振って消す。部屋の中に漂う煙と甘い香りに恍惚の表情を浮かべるとベッドへ腰掛けて足元を見た。


「うふふ、来なさい。かわいいアトミータ」

「はい、イルティナ様」


 衣服を脱ぎ半裸状態で床に手をついていたアトミータは、イルティナの元へ近寄ると革製の手枷を嵌められてベッドへ押し倒された。

 イルティナがアトミータの首筋に口づけをして舌を這わすと、アトミータは甘い吐息を漏らす。そのまま二人は唇を重ねるとお互いの欲望を貪り合うのであった。


 一頻り情事に耽るとイルティナとアトミータはベッドの上で仰向けになり息を整える。まだ微かに残る痛みと熱、イルティナがアトミータの赤く腫れ上がった皮膚を撫で上げると部屋には嬌声が響いた。


「痛む?」

「いいえ、イルティナ様の愛を感じこそすれ痛みなんて」

「アトミータ。私のことを愛している?」

「勿論ですイルティナ様っ!私はあなたの為ならなんだって!」


 イルティナは口元に妖艶な笑みを浮かべるとアトミータの頭を優しく抱きしめた。

 彼女の柔らかい胸に顔を埋めながらアトミータは最上の幸福を感じる。敬愛する女性の胸の中にいられることに至福の時を感じ、暗い暗い過去の記憶を頭の奥へと封じ込めようとした。堅く、醜い、男共とは違う。この甘く柔らかい感触に感覚を委ねている時間だけ、アトミータは父親とその仲間達が己に行った仕打ちを忘れることができたのだ。


「アトミータ、あなたにお願いがあるの」

「なんでしょうかイルティナ様?」

「グリフォンのお嬢様はあなたの幼馴染なのよね? あの子の聖剣が、どうしても私には必要なの。わかる?」

「エッケ……ザックスを……ですか?」


 イルティナの望んでいることを理解してアトミータは逡巡した。

 キャロルティナの持つ聖剣エッケザックスを奪って来いと、イルティナはアトミータにそう言っているのだ。

 そんなことを出来るわけがないとアトミータは躊躇する。妹アトラと同い年のキャロルティナのことは、アトラと同じように愛していた。そんな彼女のことを裏切るような真似は出来ないと困惑する。そんな思いを振り払うように、イルティナはアトミータの下半身へゆっくりと指を這わせた。


「あ……」

「アトミータ、私にはどうしても聖機兵が必要なのよ。わかるでしょう? カミラと並び立つ為には、あの女性ひとを振り向かせるには私にもあの力が必要なのっ!」

「イタっ……あぁ、イルティナ様……」


 イルティナの手に力が入ると、アトミータは嬌声を上げ顔を歪めた。


 己の愛した女性の目には別の女性しか映っていないと知りながらも。アトミータはこの嫉妬と憎悪に燃える女に依存しなければ、過去の記憶からは逃れられないのであった。





*****


 ジューロータの部屋に来たはずがキャロルティナに迎えられて、アトラはわけがわからず固まってしまった。しばらく何も言わず茫然としているのだが、急に真っ赤になると頭から煙を噴きながら小声で言う。


「し、しつれいしましたぁぁぁぁぁ。ごゆるりとおた、おたのしみ、くださいませぇ」

「待て待て待てえええええええいっ! アトラ、何を勘違いしているのだっ! 違うから、ジューロータとはそういうのじゃないのだあああっ!」


 なぜかキャロルティナも真っ赤になり二人して部屋の前で大騒ぎしているので、十郎太は呆れながら早く中に入るように促すのであった。


 アトラが温かいお茶を入れ直してくれると一息吐くキャロルティナ。十郎太は窓枠に腰掛けながら空を見上げている。アトラもソファーに腰掛けたまま俯き黙り込んでいる為に、なんだか変な空気が流れ始めてキャロルティナは息苦しく感じていた。


「あ、アトラは」

「はっ、はいいいいいいっ?」


 急に話しかけられたので飛び上がるアトラにキャロルティナは怪訝顔をする。十郎太と二人きりならともかく、幼馴染である自分も一緒に居るのになぜこんなにも緊張しているのだろうかと訝しく思ったのだ。


「アトラは、なにかジューロータに用事があって来たんじゃないの?」

「よ、用事と言うか。ジューロータさんが、その、後で部屋に来るように仰られたので、その……」

「ジュ、ジューロータが? ほ、ほほぉ。なんで?」

「さあ? ただ、誰にも言わず内密に来いと」


 キャロルティナは十郎太のことを睨みつけるのだが、不思議そうな顔をした後に眉間に皺を寄せて睨み返してきたので、よくもそんなぬけぬけと、と呆れかえるのであった。


「へーへー、ジューロータってそういう趣味があったのだな」

「なんだ急に?」

「まさか、こんな幼い女子のことを、まさかねー」

「おまえと同い年だと聞いたが?」


 その言葉にキャロルティナは真っ赤になると、自分の身体を抱きしめて十郎太から距離を取る。


「ま、ままま、まさか? 本当に私の身体を狙っていたのか?」

「さっきからなにを言っているんだおまえは? まあいい、アトラとか言ったな。おまえに聞きたいことってのは、この城の敷地内に入るのに通った抜け穴。あそこのことだ」


 その言葉にアトラはビクっと身体を震わせると青褪める。その反応を見てやはり何かあるのだなと十郎太は勘付いた。


「あそこでおまえさん、俺の袖を引いてなにか言おうと。いや、俺に言わせまいとしたな」

「ジューロータ、なんのことだ?」

「おめえは鈍感だから気付かなかったかもしれねえけど、ひでえ臭いのする部屋があっただろう? ありゃ、肉の腐る臭い。つまり、あの部屋の奥か近くに人間の死体があったってことだ。それも大量のな」


 十郎太の言葉にキャロルティナは息を飲む。確かに地上に上がる前に、アトミータが明かりを落とした場所で、微かな異臭を感じた気がしたのを覚えている。


「そ、それがどうしたと言うのだ? 籠城しているのだ。ざ、残念だが、負傷して命を落としたものもいるのだろう。それを一時期的にあの近くに埋葬して」

「なぜわざわざあんな場所に、隠す様に? あそこは恐らくは平民どもは知らねえ抜け道だ。それを、気づかれねえように死体を埋める為に使ったんじゃねえのか?」


 十郎太のその言葉にアトラは黙りこんでいたのだが、しばらくそうしていると意を決したように顔を上げて言うのであった。



「ジューロータさん、キャロルティナ。早くこの城から逃げてください!」




 続く。

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