其の三十三 虚栄の城
空に浮かぶ金色の月を見上げながら十郎太は思う。
月は京都で見るものとなにも変わらないなと。ではここはどこなのだろうか? 己はなぜこのような場所に居るのか? 見知らぬ国の、見知らぬ土地の、見知らぬ城の中。こちらに来てからというもの出逢う物全てがこれまで己が見聞きしてきた物とは全く異なる世界。なのに言葉は通じる、そして一番違和感を感じたのは、この世界に己が順応していることであった。
尤も脱藩してからと言うもの全国津々浦々、当てもないままに彷徨い続けた日々と対して変わらないのかもしれない。そう思えば少し気も楽になる。今は仕える相手が変わっただけ、剣を取り斬ると言うことには変わりない……なにも、変わらない。
「桂さんは、逃げ遂せたのだろうか……」
そんな事を呟きながら物思いに耽っていると、部屋の扉を叩く音がした。鍵は開いていると言うとそっと扉が開きキャロルティナが入って来た。
町娘の様な装束から、少し凛とした騎士風情の恰好をしている。スカート丈は少し短いが、ロングブーツを履いている為に肌の露出は多くはなかった。
「ジュ、ジューロータ。今はその、大丈夫か?」
「ああ、おまえさんの方こそ、もう大丈夫なのか?」
十郎太の言葉にキャロルティナは少しはにかむと部屋の隅にあるソファーへと腰掛けた。
*****
カミラ・リラ・パトラルカ子爵に出逢うとキャロルティナはこれまでの経緯を説明した。父と母が他界したこと、そしてグリフォンは今レオンハルト・グレン・エルデナーク辺境伯の支配下にあること。エスタフォンセ・トワであった悍ましい事件。そしてここまでの道中にあったことを包み隠すことなく話す。それをカミラは黙って、時折頷きながら聞いていた。
全てを聞き終えるとカミラはキャロルティナのことを抱きしめて一言だけ優しく告げる。
「今はなにより、おまえが無事で良かった」
その瞬間、キャルティナは泣き崩れた。そして、旅の疲れがあるだろうと詳しい話は後でゆっくり時間を取ると言う事でキャロルティナと十郎太は、それぞれ部屋を用意してもらい今に至るのであった。
*****
1時間程前に用意して貰った冷めた紅茶を啜りながら十郎太はキャロルティナに問いかける。
「着替えたのか」
「アトミータが貸してくれた」
「そうか、馬子にも衣装とはよく言ったもんだな」
身なりの整った姿にそれなりの高貴さを感じたので出た言葉であったが、十郎太が笑いながら言うのでキャロルティナはまた馬鹿にされたと思って少し膨れた。
同じように冷めた紅茶をカップに注ぎそれに口をつけるとキャロルティナは十郎太に聞く。
「其処許は、ここをどう思う?」
突然の問い掛けに十郎太は質問の意図が読み取れなかったのだが、暫く考え込むと逆に問いかけた。
「女子供ばかりが戦いに出ていることか?」
今度はキャロルティナが黙り込む。その反応で当たりであったかと十郎太は思った。
この城に来る前から妙だなとは感じていたことではあった。
スティマータの徘徊する森や山の中を斥候と称して、婦女子が馬で駆け回るなんて。最初は男共が皆死んでしまい、仕方なく体力のある若い女が代わりをしているのだと思った。
しかし、この城まで来るとそんなこともなく。男手は充分に足りているように見えた。少し歳がいっている者や子供が多いのも確かだが、若い男も居ないわけではない。それなのに鎧甲冑を着こみ、帯刀して武装している者は女ばかりなので十郎太は妙な気分でいた。
「ここパトラルカ領は、領主がずっと女系の血筋なのだ。だから、男よりも女の方が権力を強く持っている。勿論、男には男の、女には女に合った領分というものがある。男が耕し拓き作る、女がそれを守る。それがここパトラルカ領の伝統なのだ」
なるほどなと十郎太は頷く。それについては特に文句を言うつもりもなかった。それでこれまで上手く行っていたのであれば、それを否定する必要もなければ筋合もないわけだ。
しかし、事ここに至ってはどうだろうかと少し疑問にも思う。恐らくはこの二週間で蟲と何度か交戦したのであろうことは、兵士のみならず平民達の疲弊っぷりからも見て取れた。その際に主戦力の女騎士達が次々と倒れて行き、数を減らして行ったのであろう。その結果、十台前半の子供までも引きずり出していることに、いささかの嫌悪感を十郎太は感じていた。
十郎太は知る由もないがもしあのまま幕末の京都で戦い続けていたら、戊辰戦争の最中、会津で若くして命を散らした侍達のことを思い浮かべていたかもしれない。
それはさておき、ここの現状が酷い物であると十郎太は考えあぐねていた。
「正直、豊臣の最期。夏の大阪よりも酷い有様だぞ」
「相変わらず何を言っているのかわからないが、実際目にして私も酷いと思った」
「薬が足りない故に負傷兵の治療もままならない。想定以上の避難民の所為で兵糧も尽きかけていると見える。一番酷いのは男達に全く覇気を感じられないことだ」
「その分、女が頑張っている」
「俺に喰ってかかってきた女侍は虚勢を張っているようにしか見えなかったがな。おまえの知人のアトミータとか言う奴と、それにあの女城主もだ。俺には張りぼての殿様にしか見えなかったぜ」
カミラのことを揶揄されてキャロルティナはカっとなる。幼い頃から憧れている女性の七聖剣。キャロルティナが十郎太の前では男言葉を使っているのも彼女の影響でもあった。強く気高く美しい女傑、七聖剣ホヴズのカミラ。彼女の様な騎士になりたいと幼い頃より思っていた。
言い返そうとしたその時、再び部屋の扉をノックする音が聞こえる。仕方なくキャロルティナが応対するのだが、予想もしない来訪者の姿に驚いた。
扉を開けると部屋の前に居たのは、アトラであった。
続く。
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