其の三十二 落彩の巣
一度、パトラルカ子爵の城へと戻り今後のことを話し合うことにしようと言うアトミータの提案を承諾すると、十郎太とキャロルティナは馬に乗るように促された。
「女の
そう言うのだがキャロルティナは既にアトミータの前に乗っており、十郎太に向かって舌を出していた。十郎太はイラっとするのだが、子供を相手にいちいち腹を立てるのも馬鹿らしいと、別の馬に乗りその後ろに余った騎士を乗せた。
「よ、よろしくお願いします」
「そんなに緊張するなよ。馬の扱いは慣れているから心配するな」
「い、いえ……その、先ほどは姉が失礼を」
その子はどうやらアトミータの妹らしくアトラと名乗った。
アトミータはしばしば男性に対して厳しい態度を取ることがあるらしく、アトラもその度に気が気でないらしいのだとか。まあ、あの年頃の娘には男に対して免疫を持っていない者も居るだろうと十郎太は気にしなかったのだが、それにしてもこんな子供達、しかも婦女子が斥候などとそんなに男手が不足しているのかと幸先が不安になった。
「おまえさん、歳は?」
「14です。姉とあちらの髪の長いサーラが17で、もう一人メリッサは一つ上の15歳になります」
「子供ばかりだな。男どもは何をしているのだ?」
アトラはそんな十郎太の問い掛けに一瞬暗い表情を見せた。そして逡巡すると口を開こうとしたその時、アトミータの「行くぞっ!」と言う号令と共に一斉に駆け出した為に、答えを聞かないままに十郎太も馬を走らせるのであった。
しばらく馬を走らせると城下町が見えてくる。そこを迂回して郊外の墓地までくると教会の前で馬を降りて、そのまま馬を引いて中へと入っていった。
聖堂の中は荒れ果てており、最早礼拝をできるような状況ではなかった。キャロルティナは胸の前で手を組むと神に向かって祈りを捧げる。それを横目で見ながらアトミータは、壁に出ている燭台を掴むと下げる。すると静かな音を立てて大きな祭壇が横へとずれた。
「へぇ、抜け穴かい」
十郎太の言葉には返事もしないでアトミータは祭壇の下にある階段を下って行く。その後をキャロルティナや別の騎士達もついていき。十郎太とアトラも順に下って行くと再び祭壇で蓋をされるのであった。
松明もないまま、この暗い穴を進むのかと思うのだが突如眩い明かりに照らされて十郎太は顔を顰める。アトミータが手にしている棒の先に付いた石が、まるで小さな太陽のような輝きを放っているので面食らっていると、それを見た皆がクスクスと笑い始めたので十郎太はなんだか馬鹿にされているような気分になるのであった。
「馬はいいのか?」
「はい、ジューロータさん。スティマータは人間以外の生き物は襲わないと言われています。逆に私達人間の臭いを消してくれるのであのままにしておいた方がいいんです」
アトラの説明に十郎太は頷くと前方を見る。妹と親しげに話しているのが気に入らないのか、アトミータがなにやら鋭い眼つきで睨みつけていた。
しばらく岩肌が剥き出しの地下を進むと開けた場所へと出た。
アトミータは明かりを弱めると奥へと進みその先にある鉄扉を開けた。中はなんらかの地下施設のような場所で酷くジメジメとして嫌な臭いが充満している為に、キャロルティナは手で口と鼻を覆った。
「おい、ここは……した」
言いかけて十郎太はやめる。その臭いがなんなのか十郎太にはわかっていたのだが、アトラが遠慮気味に袖をちょいちょいと引っ張るので、それ以上言うのはやめておこうと口を噤んだ。
階段を上がり、また暫く廊下を右へ左へと進むと、ようやく地上へ出ることができた。
既に日は沈んでおり、辺りは真っ暗であったがアトミータが指笛を吹くと明かりが照らされる。見上げると大きな門があり、見張り台の上から門番が声を上げた。
「ご無事でしたかあ、すぐに門を開けますのでえっ!」
男の声であった。なんだ男も居るのかと十郎太は思うのだが、開かれた門の中に入って行くと出迎えた者達に唖然とする。
若い女ばかりが十数名、甲冑を着こんで整列している。その周りには簡素な装備の男どもが炊き出しや、負傷した者達の看護、様々な雑用を熟していた。
籠城戦になっていることは聞いていたが、これは末期であるなと十郎太は奥歯を噛む。視線を女騎士達の方へ再び向けると、騎士の壁が割れてその間を誰かが歩み出てきた。
それを見てアトミータやアトラが膝を突き頭を下げると、キャルルティナも同じようにする。
十郎太は目の前の若い女騎士のことを値踏みするようにジロジロと見ているとその横に居た女騎士が声を上げた。
「きさまあっ! カミラ様の前で無礼であろうっ!」
「いいんだイルティナ。キャロルティナ、久しぶりだな。トーマス様とリリーティアナ様は息災か?」
イルティナという騎士を宥める女騎士。この若い女がこの城の主であり、七聖剣の一人である、カミラ・リラ・パトラルカであると気が付くと十郎太は少し驚くのだが、なるほどと合点もいくのであった。
続く。
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